肌寒さに目を覚ますと、素肌に薄いシーツが触れて自分が裸であることを認知した。昨夜何をしたのかまったく思い出せないということは、きっと何かあったのだろう。何やら穏やかで、なんというか、とても良い気分だから、良い事があったのかも知れない。
いつもサイドボードに置いているはずの眼鏡を探して腕を伸ばす。被っていたシーツも一緒に引き上げると、横から小さく可憐な唸り声がした。
「んん」
「……」
はて、誰だろうか。随分楽しそうな記憶を失ったものだ。可憐な声の主はやはり可憐な顔立ちをしていて、寝息を立てながらシーツにくるまっていた。
眼鏡の隣に置かれたメモを見て、彼女の正体を知る。
彼女の存在そのものを忘れてしまうほど、彼女に初めて出会った瞬間から俺は感情を揺さぶられていたんだろう。彼女の安らかな寝顔を見ればすぐにわかった。
「ナマエ」
「へへ、なるみ、さん」
俺の夢でも見ているのだろうか。
それだけでたまらない気分になって自然と頬が緩む。ああ、これは。多分数時間後には忘れてしまうだろう。慌ててペンを取ってメモの端に今日の日付と「寝言で俺の名前を呼んだ、嬉しい」と書き込んだ。
翌日に、数時間後に、早ければ数十分で、君の存在を忘れてしまう俺が隣に居ることを許してくれたのか。そう思うと、こんなに幸せそうな寝顔をしている彼女を不憫に感じてしまう。
申し訳ないな。なんて、引け目まで感じるくらい。
「なるみさん……?」
「ああ、起きたね、ナマエ」
ナマエは不思議そうな顔をして俺の手元のメモに視線を落とし、納得したように笑って「おはようございます」と言った。
きっともう何度も同じベッドで朝を迎え、ナマエの名前を呼んで目覚める朝もあれば、彼女が俺に名前を教えてくれる朝もあったのだろう。今日はこうして名前を呼ぶことができて良い朝になった。
「朝一番で名前を呼んでもらえるなんて、しあわせです」
「参ったね、どうやら俺も朝一番に君が視界に入ると幸せな気分になるようだ」
また君のことを忘れてしまう。
言外の意味を察して目を細めたナマエは、彼女の額を撫でていた俺の手を取って頬を擦り寄せた。
「何度忘れても良いんですよ。今度、そのメモに私に告白してくれた時の言葉を書いておいてください」
「僕はなんて?」
君が恥ずかしそうに呟いた言葉を聞いて、顔から火が出るかと思った。
過去の自分の発言とはいえ、そんな恥ずかしい台詞をよくもまあ。しかし目の前で嬉しそうにしているナマエを見ていると、そんな台詞のひとつやふたつ自然とこぼれてしまっても仕方ない。きっと過去の俺が心の底から絞り出した願い事だったのだろう。
記憶は失ってしまったが、心臓の奥に残る温かいものを確かに感じながら、彼女にキスをした。
――毎日君に恋する権利をくれないか?