耀さんと芝さんの彼女の日常

この課に舞い込んでくる人間というのは大体ろくでもない事情を抱えてくるわけで、例えばそれが経理課のお嬢さんであったところで、俺たちにとっては嬉しくない事情である事の方が多い。らしい。まあ俺はそういう所抜かり無いし。関係ないけど。
しかし最近どうにも尻尾の振り幅の大きな犬が迷い込んでくるようになった。

「お疲れ様です、芝さん!!」

留守にしている飼い主の名前を呼ぶ“彼女”は、フロアを見渡して俺と目が合うや否やわかりやすくその尻尾と耳を垂らして不満げに眉をひそめた。
その顔を見るとつい口角が上がってしまうものだから、いいんだか悪いんだか。チラリと俺を盗み見た夏樹は予定を早めて現調に行ったらしい。

「チッ……」
「ねぇ今舌打ちした?」
「してません」

秀介のいくつ下っていったっけ? 残念ながらそこまで詳しく知らないが、歳よりも子供っぽく見えるその犬を随分と甘やかしているのは知っている。
じゃなきゃこんなにヘラヘラとこの課になんか来ないんだよねえ、普通のコは。

「キャンキャンとかわいく鳴くのはいいけどねぇ、躾の悪い犬の責任はぜーんぶ飼い主にあるって、よく覚えておきなさい」
「くっ……」
「あんまり躾の悪い犬は調教師にみてもらわないといけないよ?」
「犬じゃないんで」

あーあ、そんな歯ぎしりしちゃって、綺麗な白い歯が台無しになっちゃうんじゃないの。手が届くなら、頭を撫でて安心させてあげたいくらい。そこまで敵意を剥き出しにされる覚えはないけれど。

「ただいま戻りましたー」
「芝さん!! お疲れ様です! 芝さん!」
「あれ、ナマエちゃんお疲れさん」

またたく間にピンと伸びた耳と尻尾をブンブンと振り回した彼女は戻ってきた秀介の近くで特大の笑みを浮かべた。それに応えるように手を伸ばしかけて引っ込める秀介に心ばかりの微笑ましさまで覚えたりして、己の気色悪さに身震いしそうになる。
……あの耳と尻尾、秀介にも見えてんのかね。

「あー、やだやだ、さっさと巣にお帰り」
「仕事で来たんです、仕事したら帰ります」
「じゃあ秀介ごと持ってって」
「ええ、俺これから報告書が」

あっち行けと手で追っ払えば、戸惑った秀介の腕を引っ張った彼女が視界から消えていく。秀介は秀介で満更でもないんだから。
それはまるで飼い主に散歩をねだる犬と逆らえない飼い主そのもので、あの子を“犬”と例えた自分に間違いはなかったと、鼻で笑った。

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