冬物のデザインを考えるとき、彼女のアトリエを訪れるのはそれほど珍しい事ではない。
もう何度もここに足を運び、ふたりでラフを描いたり素材のカタログを見たりサンプルを触ったり、何時間も同じ空間に居た。
休憩中にニット作家の彼女が息抜きと称して何かを編んでいる事は珍しくなかった。
……が、今日手にしているそれは明らかに今までのテイストと違い、おおよそ彼女が彼女にまつわるなんらかの自己表現のために作っているわけでない事は明らかである。それはそれでいいのだが、問題は手元の編み図とメモの採寸が明らかにメンズサイズであることだ。
「いつものことだけど、休憩中も熱心だね」
「これは試作なんです」
「……なんの?」
この動揺が漏れないように極めて冷静に問いかけた。
いつもみたいに素っ気なく。できるだけ冷たい声で。呆れた口調で。できていたかな。情けないけど、あまり自信がない。
「プレゼントです」
「誰に?」
「えーと、内緒」
内緒って。僕が知ってる人って事でしょ。
言えないほど有名な相手か、それとも身近すぎて隠したいか。そんなド派手な黄色のセーターが似合う男なんて、超レアすぎない?
なんて思惑を巡らせていると、以前スタンドの関係で知り合った背の低いモデルの彼を思い出した。
確かに彼なら彼女のブランドのニットを着ていそうだし、彼に似合わせてニットを編みたくなる気持ちもわかる。未発表のコラボ商品なら安易に口外できないわけだし、プレゼントなんて言っておけば僕だって引き下がると考えているのだろうか。
「ふーん、メンズなんて珍しいね」
「あっ、メンズってわかりますか」
「そりゃそうでしょ、肩幅38cmってどうみてもキミのじゃないよね。メンズにしてはちょっと小柄だけどさ」
「やっぱりちょっと小さかったかな」
少し考え込むようにした彼女は、メジャーを取り出して僕の背に回ってそれを肩に当てた。
「いやちょっと」
「えへへ、やっぱり小さかったみたいですね」
「僕の採寸したってしょうがないでしょ」
「え?」
「え?」
手元のメモの『38cm』を打ち消すように線を引いたその下に、彼女の細い文字で『40cm』と書き加えられる。
それと同時にきょとんとした瞳が僕を捉え、僕は僕でそれに捕まって逸らせないでいた。
「あっ、いや、えっと、なんでもないです」
あからさまに慌てだした彼女の反応を見て、そのニットが贈られる相手が誰だか、さすがの僕でも察しがついてしまった。
なんてひどいことをしてしまったんだろう。まさかそのド派手な黄色のまま贈られるのだろうか。ていうか僕の前で習作なんか編まなくても。
いくつかの考えがぐるっと一周した後、ようやく動けるようになった僕はひとつ咳払いをしてティーカップを手に取る。
「いや、僕は何も知らないから」
「えっと…… すみません、早とちりで気を使わせてしまって、なんと言って良いか」
「……」
やだな、思いの外恥ずかしくて、彼女の顔が直視できない。
ごまかすように頬杖をついて横目で彼女を見ると、気まずそうに下を向いて編んでいる途中の糸を引っ張ろうとしていた。思わず空いていた手でそれを押さえてしまい、困り顔の彼女と目が合う。
「完成品も見せてよ」
「え」
「誰に贈るか知らないけど、僕も完成品を見てみたいから、キミのファンとして」
「あ…… はい!」
精一杯のすっとぼけをかませば、やっと彼女の笑顔に再会できる。
照れて笑うキミの手が再び糸を棒に絡ませ始めるから、僕はまたキミのそばで紅茶に口をつけた。