もはやこの課で見られるおなじみの光景として話題にもならないのが、同期のナマエと司さんの逢引である。ああ、逢引とかいうと怒られるんだっけ。でも男女が密会してたらそれは逢引じゃないのかな。
「刑事が情報を横流しするなどあってはならないんですよ」
「そうは言っても一応私も一課の人間ですし」
司さんは台詞と行動がまったく合っていない。真剣に諭すような口調ではあるものの、ナマエがうしろに抱えているパッケージが気になる様子だ。
余計なことをつっつくと面倒くさいので、俺は息を潜めてそのやりとりに聞き耳を立てた。
「情報を先にいただけたら、お渡ししたいものが」
「まずはその内容を伺いましょうか」
「北陸限定ご当地カップ麺4種です」
「ほう……」
明らかに声色を変えた司さんは何か考えた後に「仕方ないですね」と言ってナマエに耳打ちをし、ナマエはすかさずそれを取りこぼさないように必死でメモを取った。
うん、今日も通常運転。
この光景はナマエが秀さんと付き合いだしてから1年間、月曜日の朝10時20分にほぼ毎週執り行われている。この時間は耀さんと秀さんが打ち合わせで席を外しているからだ。
司さんが真剣に説教していたのなんて最初の3ヶ月が限界だった。ナマエの粘り勝ち。
よくもまあ毎週毎週ネタも尽きずに司さんの好きそうな餌を見つけてくるものだと感心する。
司さんが横流ししているのは『秀さんが手隙になりやすいピンポイントなタイミング』だ。結構重大な情報だと思うのだけど、ナマエが懐に入り込むのがうまいのか舐められてるのか、はたまた司さんがナマエに弱みでも握られてるのかいっそ好意でもあるのか、どういうわけかナマエはその情報を手にすることを許されている感がある。
「あの、朝霧さん」
「司でいいですよ」
「えっ、ッゴホン!! ン゙ン゙ッ!!」
「大丈夫ですか、夏樹」
「はい、大丈夫です。おかしいな、乾燥かなー?」
思わず声が出てしまった。無理矢理咳払いをして、ごまかすように加湿器の設定を調節するふりをする。まさか司さんがナマエを身内認定する日が来ようとは。
本格的に司さんがナマエに惚れてる説が浮上してきた。かも。
「それでは司さん」
ナマエはなんのためらいもなく司さんの名前を呼んだ。コーヒーを淹れて戻ってきた蒼生さんはぎょっとして俺を見たが、俺はすすーっと知らんぷりをして潜伏を続ける。
「駅前のイタリア料理店の限定ピザ予約券をつけた場合、一部スケジュールを変更していただくことは可能ですか」
「はい、考慮します」
即答かよ! ていうか司さんが秀さんのスケジュールをなんとかするなんて可能なのか? 司さんとナマエの仲がいよいよわけのわからないものになっていこうとしている……
……そもそも秀さんはこの二人の関係を知っているのだろうか。
コソコソ彼氏のスケジュールを把握しようとする彼女なんて、人によっては結構な地雷だと思うし。後輩に裏切られて横流しされてるし。
でも秀さんはナマエを素っ気なく扱う事も多い。聞くところによればナマエが随分強引に秀さんに迫ったらしく、秀さんがナマエを好きかどうかは傍目にはかなりわかりにくいのだ。
一人でモヤモヤしていると一番聞こえてはならない声が聞こえ、初めてその現場にホシが遭遇してしまった。
「さーて、溜まった領収書片付けますかー」
秀さんがここに来て見た光景はといえば、ナマエが司さんにこそこそ耳打ちをし、司さんは腰をかがめてナマエに耳を傾け、ちょうどイタリアンの限定ピザ予約券を引き渡す途中でチケットの両端を握り合う二人だった。
修羅場かな? なんてちょっとワクワクして秀さんの表情を伺えば、俺は一瞬だけ眉間にシワを寄せたそれを見逃さなかった。
「ナマエちゃん」
「ああ、秀さんお疲れ様です」
ナマエは「やばい」という顔をして秀さんから視線を逸らし、逆に司さんは堂々と秀さんを見て会釈した。
ああ、司さんはわかってない!
危険だ。とわかっていても、ヤブヘビをつつく勇気はなかった。
「ナマエさんはとても良いセンスをしていますね」
「うん、そうでしょう。それはともかく、そこ、ちょーっと離れてね」
「えっ」
今度悲鳴にも似た驚きの声をあげたのは、俺ではなくナマエだった。秀さんはナマエの肩をひいて司さんとの間に割り込んだのだ。
驚いて見上げるしかなくなっているナマエはもはや何も喋ることもできないようだった。
「今度ぜひ一緒に食事に行きましょう」
「うん、みんなでね、俺と! ナマエと司とね、あと夏樹と蒼生と耀さんもね、みんなでね」
秀さんの意図は司さんにはまったく伝わっていないけれど、司さんはちょっとうれしそうに「はい」と返事をした。
天然な司さんはさておき、おそらく秀さんがあまり伝えたくなかったであろうナマエにはバッチリ伝わっているようで、隣でだらしない表情を浮かべている。
「やばい、やばい…… 秀さんめっちゃ好き……」
「はいはい、ナマエちゃんは自分のとこ戻ろうか」
「はい、戻ります、秀さんめっちゃ好き……」
秀さんは完全に目がハートになったナマエをずるずると引っ張って行った。
なんだ、秀さんナマエのこと好きなんじゃん。見る限り、あれは結構本気で好きだよなー。秀さんが人前であからさまに不機嫌になるなんて珍しい。ちょっと枯れてるとか思ってたのに、まさか女の子のことであんな風になるとは。
しかも司さん相手に牽制するなんて……
「やー、月曜から珍しいもの見ちゃったなぁ」
「ふーん? で、夏樹、ここ30分なにやってたの?」
「げっ」
思わずつぶやいた俺の独り言を見事にキャッチしたらしい恐るべき上司の声に肩をすくめる。そんなもの、何の意味もないと知りながら。