なんでもします!
と、宣言したのは12月4日の夜。あまりの激務に司さんの誕生日の用意が何もできなかった。
私ができたのはいつもよりちょっと豪華な食事の準備くらいで、立派なレストランも素敵なプレゼントも何もない。毎日毎日溺れるほどに尽くしてくれる司さんの誕生日くらいは何かしなければさすがにバチが当たる。
それならばせめて司さんが望むものを。
心からそう思って口をついた言葉がそれだったのだ。
「これを着てください」
「これを」
あれから数日、二人の休暇が被った今日はその誕生日のやり直しをする日だ。
……が、私はなぜか司さんから綺麗に包装されたプレゼントを渡されていた。爽やかなライムグリーンの不織布とビニールに包まれたプレゼントには、鮮やかな黄色のリボンが掛かっている。
まるで季節感を無視した包装から、本気で今回のために購入したプレゼントなのだとわかった。
「服なんですか?」
「開けてみればわかりますよ」
司さんに促されるままに包みを解いていくと、中から現れたのは絵に描いたような“新婚エプロン”とでも言うような、機能性など皆無のやたらとフリルが派手なエプロンだった。
色が白やピンクでないだけマシで、優しい色合いのボタニカルな柄があしらってある。シンプルな服ばかり着ている私にはちょうどよい派手さかも知れない。
知れないが。
「あの、ギブとテイクが逆になっていませんか」
「俺からの愛を受け取ってほしい、と言っても?」
「うっ、ずるいですよ」
そんな優しい顔で微笑むなんて。私が無視できないってわかっているくせに。司さんは私の動向を見守るようにソファに掛けたまま私を見つめていた。
たかがエプロンをつけるだけ。
そう思っていても、こうも見つめられると気恥ずかしさが拭えない。
そもそも私は料理中にエプロンをつける習慣がなく、ややコスプレのような羞恥心や抵抗感もある。
「……着づらいのですが」
「おや、そうでしたか、すみません。女性のものには疎くて。それでは俺が」
「そういう意味ではなく!」
「それでは何故?」
わざとではなく素でボケている司さんの疑問を有耶無耶にして、エプロンを持ったまま洗面所まで避難した。
覚悟を決めて深呼吸してからエプロンを首に掛け、首の後ろと腰のリボンの形を整える。鏡の前に立ってみると、意外や意外、それほど甘ったるくもない自分が映っていた。
やっぱりこのプリントが良いのだ、爽やかな色味といい柄といい、良い意味でフリルの甘さを消してくれている。
これなら恥ずかしくないかも……
扉を開ける瞬間だけは恥ずかしさが跳ね上がったけれど、それでもこれを選んでくれた司さんのためを思ってリビングに戻った。
「あの、これ」
「ナマエさん」
「え、はい」
「かわいい」
「あっ、えっと、あ、ありがとう、ございます」
普段丁寧に喋る司さんが突然感情を漏らすような言葉を放つのは、いつまで経っても慣れない。
語尾に「ですね」とか「ですよ」とか、そういうのがあればまだ「お世辞かも」なんて自分の中で誤魔化せるのに。本心で言ってるってわかるだけにその真っ直ぐな愛情に打たれてしまうのだ。
司さんに手招きされて近寄っていくと両手を引かれ、彼の膝に跨るように座らされてしまう。
「気に入ってくれましたか?」
「すごく素敵だと思います」
「よかった。今度からこれをつけて俺に食事を作ってください」
「もちろんです」
「できれば、俺が帰宅した時に着ていてくれると嬉しい」
「はい」
ぎゅうっと抱きしめられ、胸元にうずまる彼の後頭部につむじが見える。私よりも背の高い彼のつむじを見る機会はほとんど無い。色素の薄い髪の中で渦を巻くのがかわいらしくて、宙に浮いたままの両腕で抱きしめ返しながらそこにキスをした。
「このエプロンを選んだのは、このリボンが気に入ったからです」
そう聞こえるや否や、ふいに解放感が訪れて首の後ろのリボンが解かれたのがわかる。
首の後ろで固定するものが無くなったエプロンのフロントは前に崩れて腰元のリボンだけで私にくくられている。腰のリボンも解かれてしまえばあっという間にエプロンが外れてしまう。
「せっかく着たのに」
「脱がす時のことを考えて選びました」
言葉に詰まっていると、胸元から顔を上げた熱っぽい瞳と目が合った。
二の腕を引き寄せられてキスを交わすと再び抱きしめられて、耳元でダイレクトに司さんの艶っぽい声が響く。
「その日を楽しみにしています」
「……はい」
司さんの望む誕生日プレゼントは、思っていたよりもずっと永くお付き合いする必要があるらしい。
エプロンに未来への約束を託すなんて、司さんらしすぎて目の前の彼を抱きしめずにはいられなかった。