所長の見た目は完璧だけど、かつて所長が所属していたという『マトリ』の面々も神がトチ狂ったとしか思えないほどウェヌスに愛された人間ばかりである。
「へー、まさか成瀬さんが普通に可愛い子を部下にするとは思いませんでした」
「どういう意味よ」
「そのまんまです」
初めて訪れたマトリではあまりのキラキラオーラに圧倒され、私は自己紹介以外何も発することができなかった。
随分とフランクな眼鏡のイケメンに品定めされるような視線を向けられ、そっと所長の背に身を隠すと、所長は庇うように一歩前に出て壁になってくれる。間近で見る所長の背中はその線の細さからは予想しなかった広さで、やっぱりこの人は男性なのだと再認識した。
「うちの子にちょっかい出さないでよ」
「えー、成瀬さんがそれ言っちゃいます? 樹さんだって“うちの子”ですよ」
「おい夏目、やめろ」
「青山~♡」
さっきまで私の前で『男』をしていた所長が一瞬にして『乙女』に変わる。
彼に会えるかも知れない日は念入りに髪型をチェックして、お気に入りのタイピンを選んでから外出しているのを私は知っている。
……彼が噂の『青山』か。眼鏡のイケメンは夏目さんというらしいが、例の青山さんも随分なイケメンだった。所長とは違ってギラついたオーラのある派手なイケメンだ。
所長はこういうのがタイプなのか。私とは何もかもが違う。性別だってそうだけど、身長も顔立ちも何もかも。似ている所なんてひとつもなかった。
「なんでこいつがここに」
「例の中国マフィアの専属通訳と知り合いらしいですよ」
「相変わらず謎の顔の広さだな…… ところでそっちの彼女は」
「うちのアシスタントよ」
「えっ」
青山さんは随分と驚いた顔で私を見る。そして彼もまた私を品定めするように…… と思いきや、そういうわけでもなく、目を見開いて私を見るものだから、思わず私もその瞳を見つめ返した。
「ちょっと~、青山はアタシだけを見・て・て♡」
「お前部下の前でもそんなんなのか」
軽口を叩いているうちに青山さんは次第に眉尻を下げ、妙に哀れまれているようななんともいえない複雑な表情で私を見るではないか。何だこの人。随分と忙しい感情の構造をしているらしいな。
何を考えているかは知らないが、多分失礼なことを考えているのだろう。夏目さんといい青山さんといい、マトリの連中はなぜこんなにも私たちを珍奇なものでも見るような目で見るのだろうか。
「関さんは?」
「あー、ちょうどさっき渡部さんが連れてっちゃったんですよね。30分もすれば戻ると思いますよ」
「なら待たせてもらうわ」
夏目さんに客用スペースに案内されている途中、青山さんが私を呼んだ。初対面の女の肩を直接叩くなんて、さぞ自信のあるイケメン様なのだろう。所長なら絶対こんなことしない。
「なあお前、大丈夫か」
「はい?」
「嫌なことされたりしてないか? 給料ちゃんともらってるか? 心配事があれば外に助けを」
「なんですかいきなり、失礼ですよ」
本当に失礼だ。
こんなに優しくてかっこよくてかわいくて素敵な上司、世界中を探したって所長しかいない。所長のことを馬鹿にするような言い方をされ、うっかり取引先相手に嫌な顔をしてしまった。
「あ、そうだよな、申し訳なかった。しかしあの成瀬がまさか部下を雇うとは思っていなくて。あいつ突発的だし強引だし、女がついていくのは大変じゃないか?」
青山さんにそう言われて今までの所長とのやり取りを思い出す。
……所長の思いつきは全部依頼主を思っての試行錯誤のうちだし、失敗したって反省はしても落ち込んだりしない強さは素晴らしいことだと思う。多少強引なくらいの行動力がなきゃこの若さで探偵事務所を設立して切り盛りなんかできないだろう。
そうやって悪い言い方をするからいけない。それに、所長は日本では珍しいくらいのフェミニストだし、毎日のようにナチュラルにエスコートされるのは人生初めての経験だった。それもまさか職場でだ。
所長のすべてはどれもこれも宝石みたいな魅力に思える。
私もこんな人になれたらという憧れはもちろんあるけれど、現実的なところで言えばこんな人に必要と思われたいというくらいの目標はあった。
つまり。
「いえ、全然。優しくて素敵な方です」
「嘘だろ、あいつが優しいだと……」
「あの、青山さんには一体何が見えてるんでしょうか」
「すまん、それは俺のセリフだ」
頭痛でも患うかのように頭を抱えた青山さんは、私に名刺をよこして「いつでも連絡くれていいぞ」と言ってフラフラとフロアに戻っていった。
なんだったんだ、あの人は。
「ナマエ、何やってたのよ」
「ちょっと青山さんに呼ばれました」
「なんで!?」
今までに見たことないくらい焦った所長の様子を見て胸がチクリと痛む。
果たして私が彼の心をここまで動かせるようなことがあるだろうか?
「所長の心配してましたよ」
「やだ~、青山ったら直接アタシに言ってくれればいいのに♡」
青山さんを思う所長はとてもかわいらしくて、感情を隠さずにはしゃぐ姿はまるで女子高生のようだった。私は所長のこの顔が大好きなのだ。
願わくば私を思ってそんな顔をしてくれたらいいのにと、何度思ったか知れない。
「打ち合わせが終わったら食事に誘いましょうか」
「もちろんよ!」