30万打|金蝉さんの禁じられた恋は終わらない

ここは暖かい。温度、だけではなくて、ここで誰かが生きているという気配と痕跡がある。この部屋の毛布にくるまっている時は、母の胎内にいた頃のような穏やかな気持ちになれるのだ。母の胎内にいた頃の記憶など、ひとつもありはしないけれど。

「……出て行け」

この部屋の空気と毛布の香りを目一杯肺に吸い込んでいると、ガバっと布団を剥がされてむき出しにしたままの二の腕をひんやりとした風が撫でた。
毛布を剥がしたこの部屋の主は、忌々しげに私を見下ろしている。

「嫌だ」
「お前を探す声が煩くて仕事にならん、聞こえるだろう」

鍵を掛けた扉の向こうからは侍女と近侍が私の名前を呼ぶ。遠くから近くから聞こえる様子からして、私を探して右往左往しているのだろう。私が金蝉の部屋に出入りしていることは、おそらく天界の誰にも気づかれていないはずだ。
私がここに出入りしている事が知られたら、処分されるのは私ではなく金蝉だ。金蝉が私を帰したがるのも当然だった。

「帰りたくない。昨日、見合い写真を渡された」

奪われた毛布の端を掴んで引っ張るけれど、さすがにすぐには離してくれそうもない。だけど全力で引っ張れば、意外にもあっさりとそれは私の手に渡った。更に金蝉のおまけつき。
金蝉は私と毛布を放ったらかしにして、ベッドの上に身を投げだした。背の高い金蝉がそこに横たわってもまだ余裕がある所に、私も転がってみる。拒否はされなかった。

「仕事は?」
「仕事にならんと言っただろうが」
「まだいてもいい?」
「好きにしろ」

なんだかんだ言ってもいつも拒否をせずに受け入れてくれるあたり、やっぱり金蝉は優しい。
もしも本当に処分されてしまったら?
金蝉はそういうことを考えたりしないのだろうか。

「金蝉」
「……」
「寝たの?」
「……」
「金蝉」

ただ両目を伏せているだけなのにこんなにも美しいものだろうかといつも思う。まっすぐ通った鼻筋。厚くも薄くもない唇。長いまつげ。白い肌。その上にかかる髪は金糸のようだ。
とても同じ生き物とは思えないけれど、金蝉も私も天界で生きる者なのだ。
髪を払ってさらけ出された額にキスをしようとすると、伸ばした腕ごとその胸元に押し付けられるように抱き込まれた。

「起きてたの?」
「……お前のことを考えてた」
「なにそれ」

珍しいことを言う。普段はろくに愛想を振りまいてもくれないというのに。……まあ、金蝉は誰にも愛想なんか振りまかないけど。
やけにセンチメンタルな雰囲気の金蝉は、大きな手のひらで私の頭を撫でた。いつからこんな体格差になったのだろう。子供という存在が珍しいこの天界で、私たちはほとんど同じように時間を重ねてきたはずなのに。
天帝の娘。観世音菩薩の甥。……いつから、そうやって身分が私達を分かつようになったのだろう。

「お前のことなんか、考えたくもない」

金蝉は絞り出すようにさっきと矛盾した言葉を呟くと、強く抱擁した。細腕のくせにそれなりに力はあるらしく、少し息苦しいくらいだ。
どうにかその腕から抜け出すように体をよじれば、不愉快そうな顔をした金蝉と目が合う。素直に収まっていろということだろうか。そんなの無理だ。私だって金蝉を抱きしめたいんだもの。
無理矢理抜け出して金蝉の横に回り、頭を抱くようにして寄り添う。

「……私だって、金蝉のことなんか考えたくないよ」

考えなくたって一緒にいられるようになればいいのに。
私が立場を失えば一緒にいられるだろうか。そのためにできることはなにか。父を殺す? 下界に逃げる? 現実的じゃない。
現実的にできることは、私がここに忍び込んでこうやって密会することくらいなのだ。

「天界なんてろくな場所じゃない」
「そうね」

胸元でじっとしている金色の頭が少し熱くて、拗ねる子供をあやしているような気になる。
だけど実際には子供でもなんでもない立派な大人なわけで、しばらくすると今度は金蝉がもぞもぞと動き出して私の胸元をはだけさせた。甘えるみたいに胸に吸い付く様子を上から見ていると、それはやっぱり子供みたいだった。

「ん、金蝉」

途端に何も喋らなくなった金蝉は胸元に顔を寄せて衣服の隙間に細長い指先を這わせていく。数年前に初めて金蝉と肌を合わせた時に、随分脱がせやすい仕組みになっているものだと感心したのを思い出してしまった。こんな時に。
乱暴に背中を撫でる手に求められるままに私も彼の背に腕を回す。いつしか組み敷かれた私の膝を割るようにして侵入してきた体を受け入れると、やっと私の胸から顔を上げた深い紫色の双眸がこちらを捉えた。

「なんか言ってよ」
「……なんか」
「そうじゃなくて」

苦々しい表情。目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので、言葉にできない金蝉の胸中を語るようだった。それでも言葉を求めてしまうのは、やはり私がまだ“私の人生”を諦めきれないからだと思う。
だけど言葉にしてしまったらそこに続くのはなんらかの結論で、その結論はきっと幸せなものでないことはわかっていた。私も、きっと金蝉も。

「必要ないだろ」

同意の代わりにまぶたを伏せると、唇にやわらかいものが触れてそこを押し広げた。先に伸ばしたのはどちらだったろうか。気づけば互いの口内を行き来するように舌が絡み合う。
頭を撫でた手が首の後ろで止まり、親指は耳の縁をなぞる。堪えきれずに身震いして顔を退ければ、それを許さないように顎ごと引き寄せられた。
多くは語らないくせに、何一つ言葉にしてくれないくせに、体だけはこんなにも求めてくる金蝉への愛しさがこみ上げて、それが涙になって溢れ出る。
泣きたいわけじゃないのに。だけど言葉にできない私達の間には、こうやってキスをしたり、体を合わせたり、涙を見せることでしか愛を伝えられないから。

「金蝉」
「……ナマエ」

両腕でしっかり頭を支えられて、足の間の湿り気を帯びた所には金蝉の膝頭が食い込む。逃げられない。
煽るだけ煽って快楽まで導くでもないその刺激が物足りなくて金蝉の腰に自分の足を絡めると、頭の拘束が緩み、片方の手のひらが衣服を剥がしながら足首から徐々に太ももに向かって這った。
そして私の両足を抱えあげて下着を引き抜き、金蝉自身も同じように脱ぎ捨てる。あらわになった場所同士の入口と先端が「くちゅ」と僅かな粘着音を立てて触れた。

「チッ…… もうやめた」

金蝉は舌打ちの後に決意の言葉を口にすると、私の肩を抱いて一番奥まで侵入する。
何をやめたかなんて訊かなくてもすぐにわかった。もしものことがあれば大問題になるだろうと毎回必ず使っていた避妊具が無いのだ。
初めて肉と肉だけで繋がった場所はいつもよりずっと滑らかで、このまま融合してしまうのではと思える程に熱かった。

「いいの?」
「……」
「金蝉」
「うるさい」
「金蝉、待って、本当に」

本当にもしものことがあったらどうするつもりだろうか。
私の首に吸い付いて痕を残しながら律動を続ける金蝉の腕を掴み、半ば無理矢理こちらを向かせてその動きを止める。
さっきみたいな苦み走った表情としばらく見つめ合ったあと、金蝉はようやく口を開いた。

「下界に行く」
「え」
「一緒になれる所に行くから、大丈夫だ」
「金蝉」

嘘でしょ。本気なの?
まるで現実的ではない結論だけれど、とても嘘をついているようにも軽口を叩いているようにも見えない。金蝉はおそらく本気でその結論を選び、ついに言葉にしたのだ。
私が名前を呼ぶと、金蝉は優しそうとも悲しそうとも言える微笑みを浮かべ、私にキスをした。
唇をつけたまま金蝉の律動が再開して、甘い快感が私を突き上げる。金蝉の熱くて硬い先端が一番奥に届いて、その先を探すようにぐりぐりと腰を押し付けられた。次第に我慢できなくなった声が言葉の間で漏れてしまう。

「んっ、ね、金蝉」
「大丈夫」
「っは、あ、っあ、んん! 何、そこ」

あんなに薄っぺらい膜ひとつでも何かの妨げになっていたらしい。良い所を直接擦られて、声が止まらない。
今まで感じたことのないような強い快感が繋がった所に燻って、むくむくと欲が首をもたげる。もっとして欲しい。何度も突いて、一緒に昇りつめたい。

「もっと、っ、ん、ん、お願い、金蝉」

すがるように金蝉を見つめると、金蝉も私と同じように眉根を寄せて快楽に震えていた。
美しい造形をしたその顔が快楽に歪む様子はとても卑猥で、背徳に背徳を重ねた罪の意識からか余計にいやらしく見えた。
このひとは、いろいろなものをかなぐり捨ててでも私を求め、私を選んだのだ。そして私の中に自身を埋めて気持ちよくなっている。私の奥を貪るように腰を揺らす姿はどう見ても男なのに、どうしてか私にはやっぱり子供のようにも見えて、快楽と同時に底知れぬ愛しさが湧いた。

「ナマエ」
「っん、あっあっ、な、駄目」
「っ、ナマエ、」
「なん、なんか出ちゃ、」
「っ出すぞ」
「こ、んぜ、いく……!」

引き抜かれるギリギリの所で、金蝉のものが入口のザラザラの所に引っかかる。一度だって気持ち良いのに何度も繰り返すものだから、それが駄目押しとなってついにはしたない液体が噴き出してしまった。
それに遅いか早いか、金蝉の先端がひときわ力強く一番奥を突いた瞬間、どくんと大きく脈を打って弾けたのがわかった。
びくびくと何度も脈を打ちながら私の中に熱が広がる。その脈を捉えた私はまた気持ちよくなってしまい、終わりのない絶頂に導かれていった。

「んん、う、あ、」
「っ、はあ、ナマエ」
「金蝉」
「……一緒に生きよう」
「ん」

終わりのないこの世界で、金蝉の言葉は生涯聞けることは無いと思っていた。
ずっともどかしい気持ちのままわかったふりをしながら、何千年何万年と生き続けると思っていたのに。
嘘でも本当でもいい。
その言葉を選んでくれた彼のことを、私はただただ愛しているのだ。

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