ふと目を開くと、正面のテレビにはエンドロールが流れていた。
正直言ってあまり興味がない中国?のアクション映画だったからか、いつの間にか寝てしまっていたらしい。右肩に心地よい程度の重さを感じてそちらを見やると、一緒に見ていたはずの耀さんが私に寄りかかっていた。
「耀さん?」
表情が見えなくて思わず声を掛けてしまったけど返事はない。耀さんも寝てしまったのだろうか。ここ数日、とても仕事が忙しかったようだし。今日だって本当は丸一日好きなことしながらゴロゴロしていたい(はずの)耀さんにわがままを言って家に入れてもらったようなものだから。悪いことしちゃったかな。
少しばかりそんなふうに後悔してみるけど、ふたり並んで夏用の薄手の布団が掛けられた高脚タイプのこたつに両足を突っ込み、冷房をきっちり効かせた涼しい部屋で寄り添うのはやっぱり幸せだった。
柔和な印象から比べるととてもたくましく感じる肩に頭を寄せて、放り出された耀さんの左腕に私の右腕を絡めると、ぴくっと肩が揺れて幸せの塊が離れていく。
「あ」
「んー、おはよう」
「おはようございます」
むにゃむにゃと口を動かして目をこする姿はまるで子供みたいで、なんと愛しいことかと、お目覚めの耀さんを見るたびに感じる。今日も例外なく愛しかった。
「ごめん、俺がこれがいいって言ったのに寝ちゃってた」
「ごめんなさい、私も寝てました」
「……ま、そういうこともあるか」
悪いだなんて微塵も思ってなさそうに謝るものだから、私も素直に謝れた。耀さんは嫌な顔ひとつせずに私の肩を抱き寄せるようにしてソファの背もたれに体重を預け、しばらくぼんやりすると思い出したように起き上がる。
きっと大した時間じゃない。本当に僅かな時間離れてしまうだけなのに、その背中を見るのはすこし寂しく感じてしまう。
そう思っていると、耀さんがこたつの中に腕を突っ込んで私の両膝裏に手を回して引き上げた。すかさず景色がぐるんと反転して私の目の前には淡いボルドーの天井が広がっていた。
「体温に触れてると安心するからかねえ」
ソファに押し倒される…… もとい、飛びかかられているかの如く張り付けにされて、首筋に顔を埋めた耀さんに軽く吸い付かれてくすぐったい。
そんなことよりまさか耀さんの口から「安心」なんて言葉が出てくるとは。しかも私の体温にそれを感じて、あまつさえこんな風に自分から身を擦り寄せられてしまっては、頬の緩みを我慢できないじゃないか。
溢れ出てどうしようもない愛しさを込めて広い背中にぎゅっとしがみつく。
「映画、見なくてもよかったねえ」
「邪魔しちゃったかと思いました」
「いーや? 邪魔なひとはうちに入れない」
見たかった映画だと思ったんだけど、そうでもなかったのだろうか。ふとテレビに視線を向けると、ブラックスクリーンに『次の動画を再生しますか?』と表示されたまま止まっていた。
再び視界がぐるんと反転したと思えば、今度は私が耀さんの上に乗せられて胸板に頬を寄せる。
耀さんはぼんやりと天井を見つめているばかりで何を考えているのかまではわからなかった。
「ナマエ」
「はい?」
「呼んだだけ」
「……ふ」
なにそれ、かわいい女の子みたいなこと言っちゃって。
今日の耀さんはいつもより素直というか、なんだか甘えているような。
「かわいい」
「……え、俺のこと?」
「そうです、今日の耀さん、かわいい、好き」
胸の上で少し上体を起こして、かわいいことばかりする耀さんの顔を見てやろうと思った。
普段はもっとのらりくらりと私から離れて余裕ぶって鼻で笑うような態度のくせに。今もそんな顔で私の名前なんか呼んだりしているのだろうか。
パッと起き上がって目と目が合うと、耀さんは想定外に困った顔をしていた。
そんな顔、私の方が困ってしまう。言葉を失った私はただただ耀さんを見つめるだけ。耀さんも困った顔のまま私を見つめたきり動かない。
なんだろうこの空気は。付き合う前のモヤモヤしていた甘酸っぱい頃のような。気恥ずかしい。
「よ、耀さんは、好きですか、私のこと」
気恥ずかしさにまかせて普段は訊けないようなことを口にしてしまった。
思い返してみれば私と耀さんが正式にお付き合いという形を取る時もこんなような流れだった気がする。私が「好き」と言って、耀さんに「どうですか」と訊いたのだ。
今でも忘れもしない。あの時の耀さんも今みたいに困った顔で笑っていた。
「……好きだよ」
耀さんは滅多に自分の気持ちをストレートに表現しない。
少しひねくれた言い方をしてみたり、わかるでしょと言わんばかりに優しく笑ってみたり、言外に表現することが多いのに、今日はやっぱり私に甘い日なのかも知れない。
ご褒美とも言える耀さんの愛の言葉が嬉しくてニヤニヤが止まらないじゃないか。変な顔を見られるのは嫌だから、それを隠すようにまた耀さんの胸元に顔を寄せた。
「嬉しいです、大好きです。……耀さん」
「ん?」
「呼んだだけです」
「……好きじゃなきゃ、こんなに大事に思ったりしないんだろうねえ」
あの日から随分とグレードアップした言葉が独り言のようにこぼれ落ち、優しく、それでいて力強く背中を包まれて抱きしめられる。その柔らかい重圧は縋っているようにも感じられて、私もなにか返したいと思った。
だけど私はきっちり包み込まれてしまっているし、今ここから抜け出してまでそうするのは違う気がして動けない。今できる精一杯を返そうと思って、動かせる範囲で耀さんにしがみついた。
耀さんの手のひらが私の後頭部を撫でて髪を梳く。首に触れる温かい手のひらと、触れたり離れたりを繰り返す指先が心地良い。
「耀さん、今日はもうずーっとこのままでいたいです」
「ええ、このまま?」
存外、不満げな声に少しショックを受ける。やはり甘い雰囲気に流されてはくれないか。
こんなに長い時間一緒にいられるのは久しぶりで、ただくっついているだけでいいから一緒にいたかったけれど。
そりゃあ、耀さんは一人暮らしだし。忙しい仕事をしていればやらなきゃいけないことも溜まっていくのはわかっているから。
「このままじゃ足りないでしょ」
「え」
「もっとくっつかなくていいの?」
「は、あ」
頭から離れて絶妙な心地で指先が背を這い、腰の辺りをひと撫でした大きな手のひらが私をぐいっと引き上げ、耀さんの口元に私の耳が触れる。唇が熱い。
「俺はもっとくっつきたいよ」
熱を帯びた唇が耳を食み、背筋を駆け上がる痺れが私の身を震わせた。
ちゅちゅ、とわざと音を立てながら輪郭をなぞっていくのがくすぐったくて、肩をすくめるように縮こまると、耀さんはゆっくりと私の身を解放しながら起き上がる。
「ここじゃちょっと狭いかな」
「やだもう、」
こういう時はストレートに言われるより、匂わされる方が恥ずかしい。
素直に照れていると耀さんの表情にはみるみるうちに余裕が戻ってくるのがわかった。ずいと近づいた大好きなその顔と額同士でくっついて、至近距離でかち合う視線はどうしても逸らせない。
「やめる?」
「……やめないです、わかってるくせに。意地悪」
「俺もやめらんない」
どちらからともなく瞼を伏せれば、すぐに熱い唇が重なって溶け合う。私を抱きしめる腕がそろりと太ももに触れ、抱きかかえるようにして立ち上がった。まさかこのまま抱き上げられるとは思ってもいなくて驚いたけど、離れたくなくてに腰に足を絡ませる。
「あら大胆」
「だって耀さんが」
「なに?」
「耀さんのこと好きだから、仕方ないです」
キスするより裸になるより、今の方がずっと恥ずかしい。
そんな気がして目の前の首筋に両腕を回して抱きつくと、耀さんは小さく笑ったような声を出して私の首にキスをひとつ落とした。
「そーだねえ。じゃあもっと愛を深めましょう」
耳元で囁かれる甘い誘いに乗らない術はなく、私は返事の代わりに耀さんのシャツのボタンを外すのだ。