30万打|三蔵様の本当の気持ちは二人にしかわからない

おっきな金色の瞳がまっすぐ私を捉えて、

「ねえ、三蔵って好きとか言うの?」

と訊いた。
すぐさま聞き耳を立てていた悟浄がやってきて、その隣に並んでニヤニヤする。

「あーいうタイプに限って裏があったりすんだよ」
「でも俺そんなの知らない。ねえ、本当はどうなの、教えて!」

興味津々といった具合の二人は瞳を輝かせてこちらを見るけど、そんなこと訊かないでほしい。少し離れた場所で荷物を整理している八戒だって、実は聞いてるのわかってるんだからね。牽制するように視線を送ると、にこりと微笑まれた。やっぱり聞いてるんですけど。

「……普通だよ、普通」

余計なことは言わないようにしようと心に決めて、無難な言葉を選んだ。自分で言っておきながら「普通」がなんだかはよくわからないけれど。
私がそんな返事をしたものだから、悟空と悟浄はつまらなそうに眉間にシワを寄せて「えーっ」と不満げな声を上げた。この二人のこういうとこ、そっくりすぎてかわいいなと思う。

「いつもナマエばっかり三蔵三蔵って言ってるじゃん」
「俺はナマエチャンが不憫でならないぜ」
「まあでも、ナマエはわざわざ彼を選ぶくらいの女性ですからね」
「それを言っちゃおしまいよ」

三人は妙に優しそうな眼差しをこちらに向け、悟浄は私に手を伸ばして頭を撫でた。大きな手が髪を乱してすり抜けていく。

「寂しくなったら俺んトコおいでよ?」
「行きません」
「じゃあ俺と遊ぼ!」
「それは、ちょっと考えとく」

悟空のナンパみたいな発言に思わず笑いながらそう答えていると、いつもの仏頂面を引っさげた三蔵がやってきて無言で私の隣に座った。どうやら少しご機嫌ななめのようで、腕を組んだまま動かない。
そんな三蔵の様子を知ってか知らずか、八戒は「そうだ」と思い出したように声を上げる。

「出発前に買い物行かないと。悟浄と悟空は荷物持ちを手伝ってください」
「ええー」
「体力有り余ってるんだからちょっとくらい付き合ってください」
「はあ、めんどくせ」
「はいはい、行きますよ」

私が口をはさむ間もなく、みんな出て行ってしまった。さっきまで騒がしかった部屋もあっという間に静まり返る。
三蔵が無口でいるのはいつものことだから苦痛でもなんでもないのだけど、無言で好きな人の隣に座っている、という状況に緊張してしまうのはやはり私が彼に恋をしている証拠なんだろう。
そうだ、私、頭ボサボサなんじゃなかったか。悟浄が乱した髪を直そうと頭に手を伸ばすと、すぐにそれを妨害するように隣から腕が伸びてきた。

「え」

筋張った手が私の手を払い、髪を通り抜けて頭に触れる。長い指。何度か指先が髪を滑り、そのうちあの仏頂面からは想像できないほど慈しむような優しい手のひらが頭を撫でた。
その心地よさに身を任せて徐々に三蔵に寄りかかっていくと、突然その腕に引き寄せられるや否や、反対の手で顎を掴まれ強引に唇を奪われる。

「ん、さ、三蔵」
「勝手に触られてんじゃねーよ」
「あ」

どんな顔してそんな可愛いことを。そう思って少し覗き込んだ三蔵の顔は想像以上に真剣な眼差しで私を捕らえるものだから、からかうようなことはひとつも言えなくてただ押し黙るしかなかった。
こんなに近くに居るなら抱きしめたりしたい。手を繋いだり、頬に触れたり、もっと近くに寄ったりしたいのに、その目で射抜かれてしまうと視線を逸らすこともできない。
軽く重ね合わせた額が熱い。

「わかってんのか」
「……」
「おい、なんか言え」
「はい」

会話が繋がっているかどうかはよくわからなかった。最初に出てきたのがその言葉だっただけで。
拙く飛び出した私の言葉を聞いて、三蔵は眉間に寄った溝を深くして舌打ちをした。

「わ、わかってるよ。もう大丈夫だし」

無言なのはいつものことだし気にならないけど、舌打ちまでされてしまうと話は別だ。それに、どうやら三蔵はその、嫉妬、的な感情があるようだし。勘違いから仲違いするのは本意ではない。
変に誤解されたら困ると思って必死にこちらにやましい気持ちはない事をアピールしようとすると、三蔵の眉がぴくりと動く。

「わかってねえ時の顔だろーが」
「そんなことないって」
「二度と触られんな」

そんな無茶な。だって悟浄が勝手に触ってくるのに。
……と、言い訳半分、真実半分の台詞が浮かんでは消えていく。違うよね。たぶん、三蔵が言いたいのはそういうことじゃない。(そういうことが何割か混じっていることは知っている)
ただ単純に怒っているように見えて、本当はそれだけじゃない複雑な感情のもつれがあるのだ。だってそうじゃなきゃこんなにも甘えた目つきにはならないはずだ。怒っているのではなく、感情の処理に困っている。

「うん」

三蔵の首に顔を擦り寄せて背に両腕を回す。こうやって腕を回すたびにその幅の広さやたくましさを感じて、やっぱり三蔵も男の人なんだなあなんて当たり前の事を思い出すのだ。
何層にも重なる法衣の上から感じる肩甲骨、じんわり広がる体温、柔らかい頬の皮膚と、その下の骨の硬さ。同じ人間なのに違う生き物だとわかる時、不思議と愛しさが増す気がする。

「三蔵が見張っててね」
「……じゃあ離れんなよ」
「うん」

少し身体を離して顔を上げると、深い紫色の双眸がこちらを見ていた。虹彩の筋と反射する光が流れ星みたい。その真ん中に私が映っている。私の瞳にも三蔵が映っているはずだ。三蔵の瞳のように流れ星は無いけれど、三蔵にはどう見えているだろう。
そんなことを考えながらしばらく見つめていたら、三蔵は満足したように軽く鼻を鳴らして椅子に座り直した。腕を組んで堂々としている三蔵に私が抱きついているような姿勢。さっきみたいに抱き合うのも好きだけど、こうやって一方的に甘えてみたりするのもやっぱり好きだったりする。

「ナマエー、財布忘れたって八戒、が……」

は。
三蔵の上体を思いっきり抱きしめて堪能してからパッと顔を上げた、まさかのそのタイミングで、バッチリと悟空と目が合った。
財布? ああ、財布、財布。
確かに私のポケットには異物感があって、そういえば昨日預かったのを八戒に返さなきゃと思っていたのだった。
私達の姿を見て硬直した後、顔を真っ赤にして言葉を探している悟空は、さっきまで私をからかっていた様子からは想像もつかない。
ちらりと三蔵の様子を見てみると、こちらもこちらとて甘い雰囲気をさっさと捨て去り、仏頂面で硬直していた。

「……ふ、くく、ご、ごめん。お財布、これ、はい」

二人の様子があまりにもおかしくて、笑いを堪えながら立ち上がり、財布を取り出して悟空に渡す。悟空は何度も頷いてからぎこちない足取りで部屋を後にした。
やっぱりまた「ナマエが三蔵三蔵って言ってる」なんて思われただろうか。
なんでもないようなふりをして煙草に火をつけた三蔵を見ていると、私たちにとってはそう思われていた方が都合が良かったりするのかも。
それならむしろ今まで以上に「三蔵、三蔵」って言ってもいいよね?

「三蔵」
「なんだ」
「……なんでもない」

すっかりいつもどおりの振る舞いをする三蔵が愛しくて思わず微笑んでしまうと、三蔵はまた小さく鼻を鳴らした。

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