関さんが腰フェチって知らない頃

「残業になったから先に家に入っていてくれ」というLIMEが届いたのは3時間前の事だった。きっと遅くなるんだろうなと思ってスーパーで食材を買い込み、相変わらずビールしか入っていない冷蔵庫にそれをしまった。日持ちしそうなおかずを適当に作って冷蔵と冷凍にわけて、フロアシートでササッと掃除をして、通い妻のようなことを一通り終えて休憩しようとソファに座る。

「あ」

カレンダーの日付が先月のままになっている。
最後にこの部屋に来たのってもう先月のことなんだなとか、大輔さんはカレンダーを新しくする暇もないほど忙しくしてるんだなとか、そんなに忙しいのに私を呼んでくれたんだなとか、関係ないけどこの部屋は大輔さんの匂いでいっぱいだなとか。
いろいろ考えてぼんやりしているともう21時を回っていた。そろそろ大輔さんが帰ってくるかも知れない。最後にあのカレンダーだけ新しい月にしておこう。
私の目線よりも少し高いところに置いてあるカレンダーに手を伸ばして月を入れ替えた時、服をひっかけてイヤリングを落としてしまった。
腰を曲げて落としたイヤリングを拾い上げようとしたところで、背後からビニール袋が落ちるようなガサッとした音が聞こえて振り返ると、口元を押さえた大輔さんが形容しがたい表情のまま扉の前に立っていた。物音ひとつしなかったから気づかなかったな。

「おかえりなさい。ごめんなさい、気づかなくて」
「いや、えっと、ごめん」
「なんで大輔さんが謝るんですか」
「え!? うん、はは」

コンビニ袋らしい小さな白い袋は大輔さんの足元に転がったままで、大輔さんは相変わらず立ち尽くして一歩も動かない。その様子は明らかに何かあったとしか思えなくて、驚くやら心配やら不安やら。すぐにイヤリングを拾って大輔さんのもとに歩み寄り、ビニール袋も拾って大輔さんに渡す。

「あっ、すまない、落とした。コンビニのもので悪いけど、甘いものでもどうかと思って」
「わあ、ありがとうございます。嬉しいです」
「形が崩れたかもしれない」
「味は同じですから」

そわそわした様子の大輔さんは妙に硬い動きでコンビニ袋ごと冷蔵庫に突っ込むと、ササッと私の前を横切ってソファに座ってしまった。

「え、あの、大丈夫ですか? 体調悪いとか、それともお腹空きましたか? 簡単ですけど食事の用意もしてありますよ?」

様子がおかしい大輔さんの表情を伺おうとしようにも、頭を抱えたままうつむいているので何も見えない。「はあ」と大きなため息までついているし、やっぱり何かあったんだろう。

「いや、大丈夫、ごめん。本当にすまない」
「さっきからなんなんですか、ごめんとかすまないとか。なんでそんなに謝るんですか」
「違う、いや、違わない」

大輔さんはおしゃべりが得意な方ではないってことは知っているけど、こんなにうろたえたり回りくどいことを言うタイプではない。言葉数は少なくてもストレートに物を言える人だ。それがこんなに要領を得ない話し方をするなんて一体何が。

「……いい歳して恥ずかしいんだ」
「えっ」
「君がすごく、その…… 魅力的だったから」

魅力的? いつもと変わらないのに?
確かに自宅で一人で過ごす時とか、友達と遊ぶ時とか、それよりは「かわいい」って思われたいって意識が働いているのは事実だけど。それは大輔さんと会う時はいつもそうだ。メイクも髪型も同じこと。
大輔さんの前に立って自分の姿を改めて見直した。
強いていうなら、今日の服がおろしたてで大輔さんが初めて見る姿であることは間違いない。黒いブラウスと、金色のシンプルなネックレス、それとボルドーのタイトなロングスカート。腰の後ろで編み上げてリボンが結んである所に一目惚れして買ってしまったのだ。そしてストッキング、はいつもと同じ。
全体のテイストというか方向性は変わらないはずだ。女性らしいシルエットを心がけている。

「えっと、一体どこが……」

とても自分の力だけでは理解できる気がしなくて、素直に大輔さんに問いかける。
よく見れば大輔さんの顔は真っ赤だった。スラッと長い指の隙間から覗く瞳が少し潤んでいて、睨むような困ったような不思議な視線が私に向けられる。

「その話をすると、せっかく作ってもらった食事を食べるのが遅くなりそうだ」
「私は平気ですけど、大輔さんがお腹すいてるならやめた方が」
「俺は」
「はい」
「俺は、正直、こっちがいい」

熱っぽい視線が私を射抜いて、大きな両手が私の両手首を掴んだ。立ち上がった大輔さんが私の背後に回り込むと、腰に手を回して首筋のあたりに顔を埋める。こそばゆくて思わず肩をすくめれば、無防備になった腰に指を立てられて変な声が出てしまった。

「ひゃ、っん、大輔さん」
「勝手に興奮してごめん」
「何がそんなに」
「言わせるの? 知ってると思ってた」

知らないよ、知らない。大輔さんのフェチ? 全然知らない。知りたいと思ってたけど、そんなの訊けるわけないじゃない。
ずっと「大輔さんはどんなのが好みかな?」なんて迷いながらショッピングしてコーディネートに悩んで、いつか当たればいいのにって考えていた。
それがまさか今日だとは思わなかったけれど。
大輔さんの手が胸の下のブラウスとスカートの切り替えのあたりから腰を通ってお尻にかけて滑っていく。

「ずるいね」

耳元で囁かれる声が甘くて腰が抜けそうになった。大輔さんの足が私の足の間に割り込むけど、あいにくスカートがタイトなものだから思ったほどセクシーな感じにはなりそうもなかった。
つまり、この服を着た私とそういうことをするためには脱がせるしか無い。
今度はお尻から腰に向かって指先が這って、たくましい両手が腰をしっかりと掴む。リボンの結び目のあたりに一際強く親指の存在を感じて耳が熱くなった。

「食事、遅くなってもいい?」
「それは…… は、はい」

少し遠慮がちに頷くと、大輔さんは耳にキスを落としてから私を抱き上げて意地悪な顔で唇を奪ったのだ。

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