こうして同じ夜をベッドの上で過ごすのは何回目だったろうか。もう数え切れないほど、思いがけず長い付き合いになってしまったことは確かだ。
たった一晩が時々になり、時々がいつしか「いつもの」になり、気がつけばお互いどちらということもなく誘い合うようになっていた。
「はー、ほんと最高」
「色気ゼロだな」
「だって新堂さんのセックスってそういう感じでしょ」
「どういう感じだ」
恥もへったくれもあったものではない。全裸なのはもちろんのこと、シーツも被らずベッドにうつ伏せに転がり、まるでマッサージでも受けるようなリラックスモードだ。もはや甘える様子すらない。まあ、これに関して言えば最初からなかったが。
俺から妙な空気を出して面倒臭いことになっても堪らんと思い、その背にも腕にも触れず横に転がるのも、もうずっと以前からのことだ。ただ最近は、シーツを手繰ってそのまま腕に巻き込みたい衝動を抑えることが増えた。
抑えてしまえば、この衝動もなかったことと同じ。
「うーん、なんかスポーツみたいな感じ」
「それはジムで出会ったのを引きずってるだけじゃないのか」
「そんなことないと思うけど。ガツガツしてるけどあんまりいやらしくないじゃん」
「ガツガツ……」
してたか?
今までセックスの感想なんか聞いたこともなければ訊こうと思ったこともない。しかしなんだ、改めてそう言われてみると、少なくとも彼女と自分の行為は愛を確かめるためのものでない。そういう意味で言えば“スポーツ”とは言い得て妙だ。
「そういうとこが好き」
感情を含まないセックスが求められていた。たまたま俺との行為が彼女の要求に応えられたことが、こんなにも尾を引いて己の首を絞めるとはな。
乾いた声で笑うと、ナマエの丸い瞳が俺を捉えた。
「なんだ」
「自分本位じゃないとことか」
「そうか?」
ガツガツ、なんて言われてしまうと自分本位のように思えるけれど、どうもそういうことが言いたいわけではないらしい。
彼女の方を向いて片肘をつき、くつろぐように寝そべる。丸い瞳は相変わらず俺を捉えて離さず、少し居心地が悪かった。だがその居心地の悪さすら今となっては心地よさにも似て、今の感情を一言で表現するのは難しい。
「ちゃんと私のこと気持ちよくしてくれるし、気持ちよくするためには適度に意地悪だってするし」
「チームワークは大事だろ」
“スポーツ”の比喩に乗っかって冗談を言えば、想定外にもうんうんと頷く。てっきりいつものように笑い飛ばすかと思いきや、まさか納得されようとは。
「そうなんだよ、わかってるじゃん」
「はあ」
嬉しそうな微笑みを浮かべたナマエにぱしぱしと軽く二の腕を叩かれ、変な顔をしてしまった。全然わかってないんだが。そういう気持ちが前面に出た表情をしていたと思う。
彼女の手は二の腕の上をすべり、布団に投げ出していた手の甲に重なった。ぎょっとしていると、瞬間的に泣きそうになった彼女は枕に顔面を押し付けるようにして頭を沈め、聞き取りづらい声でもごもごと喋り出した。
「そういうとこだよ」
「うん?」
「好きだよ」
「はっ」
何を言い出すかと思えば。またしても乾いた笑みが飛び出す。そんな態度で言うことか。散々都合の良い付き合いをしてきて今更。
……大した意味も含まれていないだろうに。どうせ「騙されたな」とでも笑うくせに。
特にかける言葉が思いつかず、そのままぼんやりとナマエを見ていた。しばらく沈黙が続いた後、ゆっくりずらして半分だけ顔を見せた彼女は見たことがないくらいに情けない顔をしていて、それこそ反応に困って顔を顰めるしかない。
「終わりにしたい」
言葉を失うとはまさにこのことで、口先で納得するのもすぐに拒否するのもなにか違う気がして、重ねられていた手を握った。
「彼氏でもできたか」
「できてない」
「なら好きな男?」
そんな顔するなよ、君から言い出した話だろう。
ただ話を聞いて受け入れれば良いと思っていたのに、こんな時になってようやく弱みを見せた彼女の姿に堪らなくなってついに腕を伸ばしてしまった。触れないでいようと思っていた腕も背中も抱き込んで、もう彼女の顔は見えない。
「今日はおかしいぞ」
「新堂さんがずるいから」
「ずるい?」
「わからないの?」
なんでも知ってるくせに。そう呟いた彼女は涙を拭って顔を上げると、胸元で所在なさげにしていた腕を延ばして俺の頬に手を添えた。嫌な顔だ。見たくないのに背けることもできず、ただひたすら眉をひそめる。
これ以上そんな顔を見せられてはこちらの理性が持たない。もう腕の中に君を抱いておきながら勝手だが、俺が引き止める前にさっさと去ってくれればいいのにと願った。
「好きだよ、もう何回も言ってる」
「知ってる」
「……終わりにしようって言った時、うん、って言ってくれればよかったのに」
「遠回しな言い方をするな、はっきり言え。俺はそれに従う」
「なんでも?」
「ああ」
「無条件で?」
「それはさすがに場合によるだろ」
君が望むなら金輪際会わずとも良いし、手切れ金ならいくらでもくれてやろうか。
惚れた弱みとは上手いこと言ったもんだ。どういうわけだか君にはどうしても強く出られない。君が望むことを叶えてやりたいと思うし、俺ができることをしてやりたいと思う。
終わりにしたいというのであれば、それでいい。今ならまだ間に合う。
「じゃあ結婚して」
「……ん?」
「付き合って」
「さっきと変わったな」
「聞こえてたなら承諾してよ」
誰だって一度くらいは聞き返すだろう。さっきと180度食い違った言い分に耳を疑わないやつはいない。
覚悟していたよりも随分容易い要求で思わず笑ってしまった。喉を鳴らして笑っていると、さっきまで情けない表情をしていた君は顔を赤くして怒る。
「返事は」
「ああ、結婚か? それとも付き合う?」
「どっちでもいい」
「どっちでもいいのか、面白いやつだな」
「新堂さんと一緒にいたい」
この歳になると歪んだ関係しか築けなくなってくるものだとばかり思っていたが、こうストレートに要求されるというのは悪い気はしない。それどころか思春期に置いてきた気分まで思い出すようで、くすぐったい気分になるな。お互い裸で抱き合っているとは思えない気分だ。
ああ、そうか、本来そういう気持ちでする行為かと思い直す。本当に大人ってやつはろくな生き物じゃない。
「ねえ返事」
催促するナマエがそれはもう可愛らしくて、返事の代わりにキスをした。
「新堂さんのそういうとこは嫌い」
「へえ?」
ぐるりと姿勢を入れ替えてベッドに沈めた彼女は難しい顔をしていたが、どこか嬉しそうにも見える。枕元に置いていた腕時計に手をのばしてみればもう0時を超えていて、休憩の時間もとっくに過ぎていた。
「ところで時間は?」
「だから、私は新堂さんと一緒にいたいって」
「そうだった」
まあ、今日くらい外泊しても構うまい。枕の下に時計を押し込み、再びキスを落としたところで決定的な言葉を何も口にしていないことに気づいた。
「新堂さんがずるい」という彼女の言葉を思い出し、確かにそうかも知れないと思いながらも、それは最後に取っておこうと決めたのだ。