一条|土曜日の昼に

ほわほわと湯気に乗って漂うニオイは、おおよそ俺の部屋には似合わない。
ナマエが勝手にキッチンをいじくりまわしているらしい。

「おい!」
「なーにー?」

洗面所から大声でナマエに呼びかけると、同じく大声で返事がする。
こんなのでは落ち着いて顔面の手入れもできやしない。
せっかくスチームパックまで済ませたというのにやり直しになるのが癪だが、きっとろくでもないことをやらかしているに違いない、さっさと戻るに限る。
間に合わせにただの冷水で毛穴を引き締めてから丁寧に拭き取って足早にリビングに戻った。

「何やっ……、それどうした?」
「たまには食べたくて」

家のキッチンはせいぜい湯沸かし程度にしか使っていなくて、当然ろくに食器なんかあるわけがないはずなのに、調理台の上には珍しいくらいの「ザ・ラーメン丼」がふたつ並んでいた。
麺を待ち構えるようにスープだけが注がれたその丼の前には、慣れた手つきで菜箸を持って鍋の中をかき混ぜるナマエの姿がある。

「いや、は?」
「ああ、貧乏ラーメン食べたくない?」
「なんだその不吉な名前の食べ物は」
「具なし袋ラーメン」
「……」

いらない。
と、普段の俺なら即答していただろう。
そもそも今日は会う予定じゃなかった。
昼前にチャイムが鳴ると、妙に大きな鞄を抱えたナマエがそこにいて、まさか追い返すわけにもいかずに部屋に入れた。
俺の予定を邪魔しない条件だったはずだが。
スープ入りの丼がふたつある時点で拒否権なんて無いようなものじゃないか。

「ラーメンは店で食った方が旨いだろ」
「わかってないな、一条は。今日は土曜日だよ、袋ラーメンと言えば土曜日の味じゃない」
「は?」
「土曜日のお昼といえばラーメン炒飯焼きそばのローテーションでしょうが」
「それどこの常識」

また訳のわからないことを得意げに話すナマエのポケットに刺さっていたスマホが、ブルブルと震えて大音量で電子音を奏でだした。
ナマエは慌てて火を止めると鍋の麺を丼に移す。
これで完成か……
あまりの殺風景さに、高校を卒業したばかりの頃を思い出して少し具合が悪そうになった。

「食べよ食べよ、はいこれ持ってあっち行って」

強引にナマエに丼と箸を押し付けられて、ダイニングテーブルに追いやられる。
相向かいに座り合って、ナマエが「いただきます」と言うからつられて俺も「いただきます」と言った。
このまま置いておくわけにもいかないし、気乗りしないがひとくち食べた。
あまりにも想像通りの味で、うまいもまずいもない。

「美味しい」
「そうか?」
「土曜日の味」
「だからなんなんだよそれは」

満足げに食べているナマエとは対照的に、俺はかなり義務的に食べている。
まずくはないけど、これで1食を満たすのは勿体ない。
それが素直な感想だ。

「ところでこの丼とか何?」
「さっきかっぱ橋で買ってきたんだよ」
「わざわざそこまでして」
「一条の家に置くなら本格派がいいかと思って」
「これ置いていくのかよ」
「だって土曜日はラーメンだから」

とにかくナマエの中で土曜日にラーメンを食べることが決定事項なのは理解した。
まあいろいろ不審な点はあるけれども、それならそれでこの素ラーメンはやめろと言いたい。
やるならせめて製麺所の生麺だ。

「ねえ一条ってさ、」
「なんだ」
「お休みの日、そんな格好なんだね」
「は? あ、」

ああ、言われてみれば……
今更ながら、自分があまりにもだらしない格好をしている事に気がついた。
休みだし予定もないしで、起きてから今までパジャマ代わりのTシャツとハーフパンツのままだ。
邪魔な髪を避けるのにヘアバンドまでつけている。
ナマエにこんな姿を見せるのは初めてだったか。
なんだか最近どうもナマエといると気が緩んで仕方ない。
こんな姿を見られて幻滅されないだろうか…なんて少しでも考えていた頃が遠い昔のように感じる。
それくらいナマエに打ち解けていた自分に今気づいて、少し驚いた。

「似合うよ、とか言うと馬鹿にしてるみたいだけど」
「俺はなんでも似合う」
「そう来たか」
「似合うだろ?」
「似合うけど」

それにしてもさっき買い物をしてきたとは思えないほど、ナマエだって俺に負けず劣らず酷い格好をしている。
よく見たらノーメイクだし。よくその顔で電車乗れたな。

「なんか嬉しくなっちゃった」
「なんで?」
「一条が部屋着見せてくれたから」
「ハハ、そんなのが嬉しいのかよ」

ナマエは「うん」と言って照れたように笑った。
ずずっと麺をすする口元は、心なしかいつもより上品ぶっている気がして、なんだこいつもかわいい所があるじゃないかと妙に改まって実感したりした。

「今度かっぱ橋行く時、俺も行く」
「え?」
「炒飯と焼きそばの皿買わないのか?」
「か、買う!」

それにレンゲと調理器具も足りないし、さすがに俺のキッチンには何もなさすぎる。
買出しに行こうと言うと、ナマエは瞳を輝かせてあの店行きたいこの店がよかったと、いつもの多弁が始まった。

「来週は炒飯よろしく」
「うん!」

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