和也|最後の契約

※愛よりもの後日談、妊娠話注意

 

あんなめちゃくちゃなセックスをしていれば、当然だと思う。
むしろ今までよくこんなことにならなかったなと、呆れるレベルの話だというのは明白だった。

「……」

トイレのレバーを引くと、聞き馴染みのある音を立てて私の排泄物が流されていった。
手元に残ったのは赤い陽性ラインがはっきりと表示された妊娠検査薬だけ。
今まで何度か使ったことはある。若気の至りで昔の彼氏に「できちゃった」を狙った時には、待てど暮らせどそのラインは現れてくれなかった。
それがどうだ。
説明書には「1分待って下さい」などと書いてあるが、1分どころか内部のフィルターが尿を吸った瞬間にハッキリくっきりとそれは現れた。
どうりで気分が悪いわけだよ。
毎日飲んでいたビールは美味しくないし、他人の煙草の残り香で頭痛はするし。
よく考えてみればしばらく生理が来ていないと思って、なんとなく購入しただけなのに。
まさかこんなにバッチリ結果が出るとは思ってもいなかった。
自分でも何故こんなタイミングでチェックしたのかと思うけれど、もうすぐ和也がうちに来る予定になっているのも神か悪魔の示しなのだろうか。

ガチャ、ガチャガチャ!
ドアノブが壊れるかと思うほどしつこく回された次の瞬間、チャイムを連打する音がする。
外から大きな声で私の名前を呼ぶのが聞こえた。
声の主は決まっている。
ひとりしかいない。
近所迷惑にもほどがあるので、速やかに鍵とチェーンを外して彼を迎え入れた。
どんな顔をして会えば良いのかよくわからなくて、いつもよりよそよそしい態度になったかもしれない。

「ナマエさん会いたかった」
「ああ、そう……」

家につくなり両手を大きく広げて抱きついてくる彼は、どうやら機嫌が良いらしい。
またセックスしに来たのだろうか。
妊娠した自覚がある私としては、それを今までのように受け入れるわけにはいかない。
おみやげ、と言って渡された紙袋の中には、私が好きな洋菓子屋の包みとハーフボトルのワインが入っていた。

「ナマエさん機嫌悪いじゃん、興奮するんだけど」
「やめてよ、なんでよ」

今度こそ本当に強姦になってしまうような勢いで私を脱がしにかかる和也を諌めると、ソファに座るように促す。
存外素直に座ってくれた和也の隣に腰をおろしたものの、どうしていいかわからず言葉に詰まってしまった。
和也はストールとサングラスと腕時計を外して、丁寧にテーブルの上に置いた。
見た目のわりに几帳面な所が好きだ。
機嫌悪いと最悪に態度が悪い癖に、いつもこうしてお土産を持ってきてくれる律儀な所が好きだ。
過去の男とは比べ物にならないほど気持ち良いセックスをしてくれる所が好きだ。
……乱暴なセックスをするくせに悲しい目をしている所が愛しいと思う。
やっぱり私は和也が好きだ。

「和也、あの」
「なに?」

いつもより機嫌が良い和也は態度も良い。
私が呼びかけると体ごとこっちを向いてやわらかい眼差しでこちらを見つめてくる。
こういう時が一番「年下の男の子」って感じがして、かわいいかもしれない。
年下とか言って、本当は何歳か知らないけど。ていうか、私和也のことなんにも知らないけど。初めて会った時に22歳とか言ってたけど絶対ウソだ。

「私、和也のことなにも知らない」
「はぁ? なにソレ」
「和也が和也って名前なのかもぶっちゃけ怪しいと思ってる」
「オレはオレだよ」
「それは知ってる」
「じゃあ何がわかんないっていうわけ」
「……社会的なさ、ほらいろいろあるじゃん。名前とか年齢とかなんの仕事してるとかそういうのあるじゃん」
「どーでもよくない?」

確かに今までの関係ならどうでもよかったんだけど。
ていうかそもそも私が妊娠したって言ったら和也はどうするんだろう。
考えてなかった。
それで私はどうしたいんだ。
この子を産むのか?

「ナマエさんはナマエさんじゃん」
「そうだけど」
「大して美人じゃないけどかわいくてエロいナマエさんじゃん」
「……そうだけど」

和也は認めちゃうのかよ、と言って笑った。
ちょっとバカにしたみたいな、私の大好きな笑顔だった。

「妊娠したからさ」

和也の笑顔に後押しされるように、彼の目を見ながら本題を告げた。
隠し持っていた妊娠検査薬をテーブルに置くと、和也はそれを手にとってまじまじと見つめた。

「初めて見たわ」
「この子のお父さんのこと、少しでも知っておきたくて」
「ここに線があると妊娠ってこと?」
「いざとなればひとりでもなんとかするし」
「こっちの線はなんの線?」
「ちゃんとお父さんのこと教えてあげたいから」
「つーかこれでどうやって調べんの?」
「……」
「……」

しばらくの噛み合わない会話のあと、私が言葉を止めた瞬間に部屋が静まり返った。
時計の針だけがカチカチと音を刻んで、まるでドラマのワンシーンのようだ。これがドラマのシーンなら、この後私はこっぴどく捨てられて和也にはもう二度と会うことはないだろう。
今までの和也を見ていればそれが普通だ。
私が和也に好きと言ったことは何度もあるけど、和也が私を好きと言ったことは一度もない。
けど私も和也に彼氏になって欲しいと言ったことは一度もない。
そう考えればサッと終わるのが妥当といえば妥当と言える。

「……あのさ」
「うん」
「オレさ、金はたくさん持ってる」
「なんとなく知ってた」
「けどナマエさんのこと好きかどうかはわかんない」
「それも知ってる」
「でもいつも妊娠すればいいじゃんと思って中に出してた」
「まじかよ」

ここに来て衝撃の告白をされて、私は若干うろたえた。うろたえすぎて喉がピリピリと乾く感じがする。
てっきり多少お気に入りなセフレ扱いだとばかり思っていた。
もしかして、私以外にもこういう女が何人もいると思っていたのも勘違いかもしれない。

「もしかして私って……」
「いや、それは違う」

ちょっと舞い上がった態度が出てしまっただろうか。
若干そわそわした私を牽制するように、和也が言葉を遮った。
自分よ、冷静になれ……
よく考えなくても和也は和也だ。いきなり王子様になんかなるわけがない。大体既に結構最低なことを言っているし。

「あとオレの親父は客観的に見れば結構な鬼畜野郎かもしれない」
「えっ、……うん」
「でもオレは親父のことリスペクトしてる」
「うん」
「……父親としては最低だったけど」
「うん」

突然今まで触れたことのない話を語り出した和也の言葉に耳を傾ける。
和也はソファにもたれて妊娠検査薬をぼんやり見つめていた。

「オレは良い父親になれる自信がない、今までもこれからも、多分無理。なぜならオレは親父をリスペクトしているから」
「なるほど」
「生憎勝てない勝負は挑まないクチなんで、良い父親になる気もない」
「……」
「でも、ナマエさんのこと離したくない」

なにそれ。
勝手すぎる。
こんな最低な展開になると思わなかった。
つまり、それって

「おろしてこいと」
「んなこと言ってないじゃん」
「じゃあどういう意味」
「ナマエさん産んで育てればいいじゃん」
「はあ? 父親もなしに?」
「じゃあおろすの?」
「……」

おろしたくない。
ただそう思った。
さっきだって、この子を守りたくて、今和也とセックスするのは絶対無理と思った。願わくば和也の子にしてあげたかった。最高でなくてもせめて普通の家庭にしたかった。

「産む」
「じゃあそうしようぜ、結婚しよ」
「はぁ!?」

ちょっと待って理解がまったく追いつかない。
どういう流れでそうなった?
今完全に私がひとりで産んで育てろよみたいなこと言わなかった?
支離滅裂に聞こえる和也の言葉に混乱している私を見て、和也は不満そうにうれしくねーの?と問いかけた。

「いや、あの、まだ理解できない」
「ナマエさん産むんでしょ? じゃあ父親必要じゃん、だから結婚しようぜ」
「えっ、そんなノリで? できたから結婚します的な?」
「あのさー」

私が狼狽えていると、和也はソファから体を起こして膝に肘をついて頭を抱えた。
その姿勢は、私から表情を隠しているように見えた。

「好きとか愛するとかそういうの、オレわかんないけど、金はあるから」
「うん」
「不自由はさせないし、金でなんでも解決できる自信はある」
「うん」
「オレさあー、ナマエさんのこと一生飼ってたいなって気づいたんだよね」
「……」
「一生飼うなら、やっぱ戸籍からオレのものにしたいじゃん? だから、これはウィンウィンの契約ってことにしようぜ」

若干耳先が赤い気がするのは、気のせいだろうか。
私には和也が「好き」と言っているように見えて仕方がなかった。
自覚もないし、絶対認めないだろうけど、なんだか私はそれだけでとても満足だった。
和也の優しさや、今までくれたお土産やプレゼントの数々が、不器用すぎる和也なりの愛情表現のすべてだったのではないかと思うと、それだけで心臓がギュッと締め付けられるような感じになる。
気がつくと私はボロボロ涙を流していて、自分でも何に対しての感情か理解できなかった。
私の様子に気づいた和也は慌ててティッシュボックスから何枚か引き抜いて私に手渡してくる。

「おい、なんだよ、困るじゃんそういうの」
「ごめんなんでもない、結婚しよう、ね」
「あーあ、もう外で遊べねーな」
「いいよ別に、今まで通りでいよう、和也が来たい時にうち来ればいいよ」
「はあ? 知ってたけどナマエさんてマジでバカじゃね? 犬だって飼い主が他の犬構ったら嫉妬するんですけど?」
「和也って私のこと好きなの?」
「わかんない」
「好きなんじゃない?」
「違うと思う。……たぶん」

好きじゃないけど結婚するってなんだよ。和也が。
絶対に好きって言ってくれなかったけど、その後はもうずっと和也はどんな結婚生活したいとか、子供生まれたらどこ行きたいとか、そんな話ばかりしていた。
所作も普段のコミュニケーションもセックスもとても器用なのに、なんでこんな所だけこんなに不器用なんだろうか。
その不器用さも愛しくてたまらない。

「言ってなかったけどオレの親父、帝愛グループの会長だから挨拶行く時は素直にオレの買った服着てね」
「帝愛グループ!?」

最後に聞いた衝撃の告白第2弾によって、私はとんでもない人を好きになってしまったことを、やっと自覚したかもしれない。

タイトルとURLをコピーしました