※和也視点、女性の年齢話が含まれるので嫌いな方は注意
「母親が欲しいと思うか?」
「はあ?」
いつも会社に寝泊まりしているくせに、突然現れたクソ親父がまた突拍子もないことを言い出した。
起き抜けの食卓に似つかわしくない話題は、胃袋から気持ちの悪いものを押し戻される気分になる。こんなどうしようもない話題をする時に限って兄貴はいない。
どうせわざとやっている。
「いらねーよ、ガキじゃあるまいし」
てゆーか、オレの母親は一人だし。
そこそこ長く愛人…… じゃなくて彼女っていうのか? この場合。まあとにかくよその女と付き合ってるのは知ってたけど、母親って。
マジで言ってるのか。
親父に結婚する気があったことに驚くだろ、フツー。
「……相手っていくつの人?」
「んー、20代」
「ハア!?」
すっとぼけながら口にした年齢があまりにも若すぎて目ん玉飛び出すかと思った。
好色ジジイにも程があるだろ、どうやって満足させてるんだよ!
そこまでして若い女とやりたいのか、男の業が深すぎるだろ……
ゲスの勘繰りが止まらない。
そもそもそんな若い女が親父と結婚なんて金目当てに決まってるし、よその女と遺産で揉めるのなんか嫌だし、20代の女と一緒に住むのなんかもっと嫌だ。
「いや、オレは反対しとくわ」
「何故だ」
「何故って…… 常識的に考えればわかるだろ」
「この歳になると20も40も同じに見える」
見えねーよ!!
ジジイになったことないから知らないけど。
つーかハタチに失礼すぎ。
そして40だとしても若すぎ。
自分の年齢考えろよな…
若い女と付き合ったせいで頭がおかしくなったのだろうか。会社の経営に響くようなら何としてでも止めるべきだし、嫌だけど場合によっては兄貴と結託する必要がある。
「兄貴は知ってるの?」
「ああ、和貴は会いたいらしい」
「え!?」
肯定的なのかよ!?
いや、まあ何においても面接は必要だし、そういう意味で会いたいのかも知れない。早とちりはダメだ、焦るな、落ち着け。
……しかしオレが「すれば」と言ったら結婚するのだろうか。20代の嫁を連れて来るのか、ここへ?
「本気で言ってるわけ?」
呆れながらそう問いかけると相変わらずニヤニヤした粘着質な笑みを浮かべて肯定とも否定とも取れるような曖昧な返事をした。
朝食を摂る気になれなくて、とりあえず目の前のスープボウルにスプーンを浸す。よく見たら親父にもしっかり朝食が用意してある。
うちの家政婦も大変だよなあ、なんて思いながらひとくち飲んだ。
「ワシも歳だからのう」
「……20代なんてダチって感じだし、変に母親ヅラされるくらいなら親父の彼女って感じで迎えたいわ。それならまあ、歓迎」
「ヒヒヒ、」
全くもって何を考えているかわからない。
様子からするにすぐ結婚したいわけでもないらしいし、かと言って突然連れてきそうな気もするし。まあ既に一緒に暮らしたりしてるんだろうから、親父たちにすれば今更どこに住んだって同じなのかもな。
……親父が再婚ねえ。
脳裏に母親の顔が浮かばないわけではない。
けどこれも今更だな。しかも20代とかどうせ最後の記憶にある母親より若いんだろう、そんなの比較の対象にもならない。
何年か前のオレに30代の嫁を連れてくるって言ったら多分不貞腐れてたかもしれない。我が父ながら親父も上手いことやったなと思う。
「そんで、いつ結婚すんの?」
「しないぞ」
「は!?」
朝からなんなんだろうか、この親父は。ちょっと祝福ムードになっていたオレの気持ちを返して欲しい。
「誰もそんなこと言っとらんわ」
「……いや、でもそういうことだろ、常識的に考えて」
「カカカ、和也はせっかちだな」
何笑ってんだよ……
バカらしくて胃のむかつきが治まってきた。
やっぱり親父の話なんか真面目に聞くんじゃなかった。
「まあ、和也の気持ちはようわかったわ」
本当かよ。
とは言えず、無言でサラダを食べる。
親父はなんだか妙に上機嫌で朝食を頬張って、わざわざ家政婦を呼びつけて味付けだかメニューだかを褒めた。ここまで機嫌が良い親父を見るのもかなり久しぶりかもしれない。
ちらりと盗み見ていたつもりなのに、バッチリ目が合って少し気まずい。俺の顔を見るなりニヤニヤといやらしく笑った。
「あいつにお前のことを言ったら喜ぶかのう」
「えっ、……ここに連れてくるつもりなら、よろしく言っといて」
「変な色目を使うんじゃない」
「バッ、なんでだよ、絶対ねーから! なんなら今すぐ連れてきたっていいし!」
思わず声を荒らげたら、親父は高笑いして口を拭って席を立った。
時計は間もなく7時半を回る所で、家政婦が黒服を二人連れてきて、親父とオレそれぞれに迎えが来たことを知らせる。
そろそろオレも食事を済ませなければいけないのに、なんだか落ち着かない。全部親父のせい。
「カカカ、楽しみができたわい。おい、今日は出社前にあそこに寄れ」
「かしこまりました」
「ああ、あと今すぐいつもの花を見繕ってくれ」
「えっ、か、かしこまりました」
時間考えてやれよ、黒服も愛人も可哀想だろ、まだ八時前だぞ。
……なんて、言ってやれれば良かったかもだけど、面倒くさいからパス。相変わらず親父の部下は不憫だなと思いつつオレはオレで朝食を摂る。
「じゃあな、和也、今日はいい話が聞けて何よりだ」
「あ、お、おう、」
オレ今どっから声出した?
なんとも情けない声で返事をすると、親父は満足げに笑って出ていった。
いや、だって。
久しぶりに親父の優しい顔を見た気がした。
かつて母親に向けていたようなあんな顔を、また見ることがあるなんて思いもしなかったから。
「なあお前、親父の愛人知ってる?」
「はっ、存じ上げております」
「どんな人?」
「話せば長くなりますが」
「なにそれ、おもしろいじゃん、車で聞かせてよ」
ああ、もう親父のせいで遅刻だわ。でももういいや、今日はこいつから愛人の話を聞こう。