ダリル|マグダラのマリア

朝もとうに通り越して、間もなく昼になろうかという頃に目を覚ますと、隣にはもうナマエの姿はなかった。
灰皿の中の薄くリップのついた吸殻と飲みかけの酒が入ったままのふたつのグラス、シーツに染み込んだ甘ったるい香水の香り、何故か放置されている女物のショーツが、今朝までナマエがそこにいたことを証明していた。
いつも勝手に帰っていくナマエの行先は知らない。気まぐれに行きつけの酒場に現れて昨日のようにセックスをして、気がつくといなくなっている。

「邪魔するぜ」

俺の返事も待たずに立て付けの悪い扉が開くや否や、兄貴が現れた。
ナマエの余韻をぶち壊す最悪の目覚めだ。

「おっと昨日はお楽しみだったようだな」
「うるせえ」
「またあいつかよ」
「ああ」

そうだ、元々はメルルの知り合いだったはずだ。
なにをどうしてこうなったか……
そもそも俺はナマエのことを殆ど知らない。名前とアソコの具合以外はほぼ無知と言える。
今更になってナマエとメルルは一体なんの繋がりだったのか気になりだした。よく一緒に酒を飲んだりするのだろうか。メルルは俺よりナマエのことを知っているだろうが、なんだかその事実が気に入らない。

「……兄貴、ナマエとやったか?」
「なんだよ今更」
「どうなんだ答えろよ」
「おいおいあいつに惚れてんのか? やめとけよ、俺はお前に不幸になってもらいたくないんだ」

そう言いながら汚ねえ鞄から大量のクリスタルメスと大量の新品のビニルパケットを取り出してテーブルに置いた。これほどセリフと行動がちぐはぐなやつも見たことがないが、恐らく兄貴は本気でそう言っているのだろうと思う。
メルルはそこに置かれたふたつのグラスを見て、リップマークのついたグラスを手に取ると中身を飲み干した。

「そんなに知りたけりゃ本人に聞けよ」
「“本人”に聞いてるだろ」
「なんだよ、やってたらどうなんだ、殴り合いでもするのか?」
「やったのか?」

メルルを睨みつけると、いつもの余裕げな顔でニヤニヤしている。とぼけるような素振りを見せたものの、最後には首を左右に振った。結局どっちなんだ。
俺の反応も見ずにキッチンからスケールをふたつ持って帰ってくると、はやく出てこいよと言って定位置のソファに腰を下ろした。

「ハハ、それじゃチンコは収まんねえよな」

メルルの視線の先には放置したままのナマエのショーツがあって、慌てて掴んで布団の中に隠した。
ナマエの下着を見られた。気に入らない。
その辺に投げられていた適当な服を適当に着込んで俺もソファに腰掛けた。
やることはメスのパッケージングなんていう酷すぎる仕事だというのに、並んでソファに座るのは意外と嫌いではなかった。
今はあの頃と違う。酒瓶も転がってないし、吸殻も落ちていない。綺麗とは言えないもののあの家よりは余程マシな部屋で、兄弟揃って同じ仕事をする。
大袋のメスをバットに開けて、ひたすら量って詰める。

「あいつはコールガールだよ」
「……」
「俺の客を何人か回してる」
「……」
「先週俺にこれを売ってくれって言ってきた、多分客の誰かにキメられてヤったんだろうな」

元々清楚な女だとは思っていない。突然キスして足を絡めてくるような女はろくな女じゃないことくらいわかっている。きつい香水が何を意味していたか、わからなかったわけではない。ただ、気づかないふりをしたかっただけで。

「ろくな女じゃねえよ、客が金持ちだから金回りはいいけどな。メスにハマっちまえばもうそれも終わりだな、ハハハ」

全然おもしろくないことを言いながら笑った兄貴は、俺とは目を合わせようともしない。
ただひたすらに目の前にあるスケールにメスを乗せてはパケットに詰める。カーテンの隙間から漏れる光がメスに反射して、やたらと綺麗なブルーに輝くメスを叩き潰したい。

「まあ引き返すなら今が最後だな、金持ちはハマるのも早いぜ」
「……どうしろってんだよ、クソ、お前が売ったんだろ」
「あいつがどうなろうと関係ねえよ、こっちにはノルマがあるからな」

今詰めているメスもいずれは兄貴が売りさばく。
俺も多分少しは手伝う。誰かがメスを買う金で、俺は生きている。ナマエがメスを買った金かも知れない。

「売るなよ」
「知らねえよ、お前が買わせなきゃいいだけの話だ」
「……」

それができたら苦労もしねえって話だ。
第一、俺とナマエはなんでもないのに。

「……どうにかしたけりゃてめえの女にしろよ」
「、おう」
「ろくな女じゃねえけど、悪い女じゃねえよ」
「知ってる」

砕かれたメスがシャリシャリと音を鳴らしてパケットに収まっていく。
ナマエが何回吸ったかわからない。俺がどうにかしてやれるかもわからない。ただ、気が狂っていくのは見ていられない。

「俺だって売りたくねえんだ、早くしろよ」
「おう」

こんなに暗い気持ちになったのは久しぶりだというのに、ハイゼンベルクの作ったクリスタルメスは、本当に綺麗にキラキラと光を反射していた。

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