「めんどくせえ」
「そんなこと言って何ヶ月もほっとくからこんなことになってるんだよ」
「……別にいいだろ、困ってない」
帰宅直後に私のヘアゴムで侍みたいな髪型にしているのは困っているとは言わないのだろうか。前に髪を切ったのはいつだったか、多分半年以上は前だ。
でかい図体で前髪をだらりと顎まで伸ばして、その顎は無精髭で覆われ、濃いわけではないものの胸からヘソからもじゃっとしていて、もう鬱陶しいことこの上ない。そんなんで前が見えるのだろうか。それでそれなりに仕事(狩り)をこなしているのがある意味凄い。
夏場になってタンクトップを着る日が増えた。脇からももじゃもじゃがコンニチハしていて、もはや人間というより巨大な犬のように見えてきた。
「切ったほうがいいよ」
「面倒だ」
「切ったほうがかっこいいよ」
「……」
「短髪のダリル超好きなんだけど」
「……サロンには行きたくない」
「私が切るから」
「……なら別に、切ってもいい」
ふん、と鼻を鳴らしたダリルは、腕を組んでソファに深く腰掛けた。
これでこのもじゃもじゃともおさらばだ。そう思うと少し名残惜しいような気もするけど、どうせ来年の今頃には同じことを思っているだろう。
「じゃあここ座って!」
「今かよ」
「当たり前でしょ!」
その辺に転がっていた新聞紙を絨毯の上に敷いて、その上にダリルを引っ張って座らせた。あぐらで座り込むダリルに、散髪用のケープをかぶせる。
このケープは、あまりにも髪を切りに行きたがらないダリルのために買ったものだ。ダリルのために買ったのに、実際はこんなに長くなるまで放置するものだから、活躍する機会はあまりない。
「さっさと済ませろよ」
「はいはい」
少し俯きがちにつむじを見せるダリルは、少年のようで少しかわいい。切ってあげる、とは言ったものの、私は別にプロじゃない。本当に素人のそれの仕上がりにしかならないが、まあ今の浮浪者と見紛うヘアスタイルよりはマシだろう。
一番長い所の毛を適当に掴んで適当に切る。それを何度か繰り返すだけで、およそ男の散髪ではないほどの毛束が足元に散った。
そうだ、毛が長いのは当然として、ダリルは毛量も多いのだ。
ひとまず根本から15cmくらい残して後は全部切った。顔を覆うように垂れていた前髪も、眉をかすめる程度になる。
……ちょっと毛先を揃えすぎたな。
これをこのまま見せたらめちゃくちゃ怒られるだろうな、というくらい揃っている。韓国のアイドルのような髪型になってしまった。これはこれでテクノ的なかっこよさがあるが、多分ダリル的には“だせぇ髪型”だと思う。
「おいどうした」
「え、なんでもない」
「失敗したんじゃないだろうな」
「してないよ、かっこよくなってるよ、ダリル好き」
「……チッ」
カメラに収めたい衝動を抑えつつ、テクノなパッツンをなんとかしようと、美容師の見様見真似で縦にハサミを入れる。いい感じいい感じ。
ダリルの髪を切るのは初めてじゃない。だけど毎回久しぶりだから毎回感覚を忘れてしまうのが難点だ。
右を少し切りすぎたから、左の方も合わせて切った。
左はちょっとすきすぎたかな?
右もすいておこうか。
「随分短くしてねえか」
「してないよ」
「ちゃんと形にしてくれよ」
「わかってるよ、かっこよくしてるよ」
短い髪というのは長い髪以上に難しいものだ。なんのごまかしもきかないし、切る髪がなくなってしまえば修正もできなくなってしまう。
なんというか、まあ、……うん、完全に切りすぎた。
おでこが半分以上見えている。
眉上もいい所だ。
というか、見方によっては坊主一歩手前である。
怒られないだろうか。でも切ってしまったものは仕方ない。
「……できた!」
「鏡」
「片付けてからね」
散った髪をタオルで払ってやり、ケープを外す。立ち上がったダリルの体もタオルで払い、足元の新聞紙を丸めてゴミを片付けた。
こうして全身を見ると悪くないのでは?と思う。なんだ、短髪似合うじゃないか。ちょっと若返った気さえする。
切りすぎたと思った髪は、少年みたいな雰囲気がよく似合っていた。
これは全身鏡で見てもらいたいと思い、洗面台に向かうダリルの腕を引いて玄関前に連れていく。
「おい、……おい」
「や、やだ、ハゲてるわけじゃないんだからいいじゃない」
ダリルは頭を触りながら想像以上にショックを受けた様子で、少し悲しい顔で私を見た。そんな顔しなくてもいいじゃないか。
「似合うよ」
「こんなガキみてえな……」
「いやいやいや、かっこいいよ、男らしいし」
「……」
「ほら、鍛えた筋肉がいい感じに目立ってタンクトップとも合うよ」
「……本気か?」
「本気だよ!」
切りすぎてしまったのは認めるが、かっこいいと思うのも本心だ。ダリルのたくましい二の腕をパシンと叩いてから頭をぐりぐりと撫でた。
「……まあ、お前がそういうなら」
鏡に映るダリルは、私に頭を撫でられながら鼻を鳴らす。多少不満はあるようだけど、まんざらでも無さそうに頭を掻きながら浴室に消えていった。そんなにふてくされていると余計に子供みたいだ。
……ちょっとメルルとお揃いみたいな髪型に見えるけど、それは言わないでおこう。
(並んだらきっとかわいいはずだ)