メルル|犬も食わない

「拗ねんなよ」
「話しかけないで」
「俺の前で喧嘩するな」
「お前は黙ってろ」

本当に迷惑なやつらだ。
ナマエの物を勝手に食った兄貴も兄貴だが、俺の家のキッチンで菓子作りばかりしているナマエもどうかしてる。
自分ちでやれ。うちのキッチンの方が広いのかも知れないが。
昨日からナマエが仕込んでいたまあまあでかいアップルパイを寝かせている間に、仕事の話をしに来た兄貴が勝手に食った。カットすればまだマシだったかもしれないが、フォークで直接突き刺して食い散らかしたものだから、せっかく綺麗に焼けてたパイが台無しだ。
一応「やめとけよ」とは言ったものの、兄貴が俺の言うことなんか聞くわけがない。そして案の定ナマエは兄貴にブチ切れているわけだが、自分ちでやれ。
何故こいつらは揃いも揃って俺の家に来るのか。

「今日帰らない」
「は?」
「ダリルんち泊まるから」
「おい帰れよ」
「わかった、なら俺も泊まる」
「やめろ、連れて帰れ」

ソファに腰をかけてあからさまに兄貴から視線を逸らしているナマエに向かって、果敢にもベタベタひっついていく兄貴の図太さは素直に感心する。
けどそれとこれとは別だろ。俺んちは決して広いわけではない。ただ仕事で使いたいから“キッチンだけ”それなりにちゃんとしているだけだ。
3人で寝泊まりするのはどう考えても無理。

「お願いダリル、泊めて」
「俺にそういうのは効かねえよ」
「……ミートパイ焼いても?」
「……」
「コブサラダとスープも作るよ、朝食にサンドイッチも作るし、お弁当も用意するから、ダリル泊めて」
「……」

こいつは俺のことをなんだと思ってるんだ。まあ、悪くない提案ではあるが。
ちらりとナマエにへばりついた兄貴を見ると、嫌そうな顔で口を「NO」と動かした。
そりゃそうだよな。

「弟はお前みたいなやせっぽちでガキみてえな顔した貧乳ジャップに興味ないんだ、諦めろ」
「なんでそんなこというの、メルル最低、バカ、ハゲ! 帰ってよ、勝手に私のアップルパイ食べたくせに偉そうにむかつく!!」

ナマエは全力で抵抗しているものの、がっしりと兄貴の両腕にホールドされてほとんど動けていない。
普段あまり意識していなかったが、こうしてくっついているのを見るとまるで大人と子供だ。確かにナマエは華奢だし見ようによっては子供にも見える。
けどそれにしたってガキみてえな貧乳ジャップは酷すぎる。ナマエは泣きそうな顔で兄貴を睨みつけて、兄貴の腕を噛んだ。

「あー、……、魅力はあると思うぜ、キュートだ」
「うるせえお前は黙ってろ、ダリル、もう喋るな」
「……」

なら帰れよ。
とは言えず、何故か俺に対してだけ不機嫌になった兄貴の機嫌をそれ以上損ねないようにただ口をつぐむ。
兄貴は暴れるナマエの頭を撫でたりキスをしたり、まるで猛獣使いさながらだ。

「なあナマエ、機嫌直せよ、お前を怒らせたくて食ったわけじゃないんだ」
「じゃあなんで食べたのよ、せっかく3人でお茶会しようと思ったのに」
「ナマエの作ったパイはいつも美味そうだ」
「そんなの理由にならない!」

とか言いつつ満更でもない様子である。既視感のある光景を尻目に、キッチンカウンターの奥のポットに水を入れてコンロにかけた。
そろそろこいつの出番だろう。

「ナマエのことを考えてたらナマエが作ったパイが食べたくなるだろ?」
「そんなの……」
「弟の家に来たと思ったらナマエのパイがあったんだぜ?」
「……」
「これを食べないなんて手があるか?」

着々と懐柔されていく様子をこの部屋で目撃するのはもう何度目だろうか。
兄貴が汚く食い散らかしたアップルパイの綺麗な所を適当に2切れカットして、それっぽい皿に乗せた。この皿はナマエが“お茶会”用に勝手に置いていったものだ。
……残りのパイは大皿にそのままでいいか。

「だから仕方なかったんだ、わかるだろ?」
「わかんないけど……」
「わかるだろ、ナマエを愛してるってことだ、な?」
「……なんでそうなるの」
「そうなるだろ、じゃなきゃ勝手に人のものなんか食べないだろ」
「そうかなあ……」

ナマエはともかく兄貴のこんなシーン見たくもないが、今では見慣れた光景になりつつあるのが怖い。
冷ややかな視線でふたりの抱擁を眺めているうちに、シュンシュンと湯気を飛ばしたポットが頃合いを知らせた。戸棚からナマエが買ってきた紅茶の葉を取り出して、適当にティーポットに入れてお湯を注ぐ。

「おい、紅茶いれたぞ」
「ダリル」
「さすが俺の弟だ」
「もういいから食おうぜ、ナマエ機嫌直せよ」

そしてふたりで帰ってくれ。
テーブルにティーポットとカップと取り分けたアップルパイを運ぶと、さっきまでのいざこざはなんだったんだというほどふたりとも素直に椅子に腰掛けた。
なんだかんだと言ってもナマエの料理は美味い。
このアップルパイだって実は兄貴の好物だ。
俺の好物でもある。
それをわかって作ってくれていることに、兄貴はもっと感謝して態度を改めた方が良い。
テーブルの上に並んだ紅茶とアップルパイの様子を見たナマエはあっという間に機嫌を直して笑顔を見せ、みんなのカップに紅茶を注ぐ。
まったくどうしようもない兄貴だが、ナマエの様子を愛しげに見つめている兄貴を見ていると頬が緩んだ。
ナマエが一緒にいてくれるだけで俺は随分と安心している。願わくばこれが永遠であれと何度思っただろうか。

「おいなんで俺のは食べかけなんだ」
「自分で食った残りだろ、始末くらい自分でしろ」
「ダリルありがとう、メルルはそのくらい自分で食べなさいよ」
「ナマエがそう言うなら仕方ねえなあ、へへへ」

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