「ナマエ! 八戒!」
「悟空、元気だった?」
「元気元気!! なー、また飯作ってくれるぅ?」
「もちろんだよ」
「おいチビ猿、俺をスルーしたな?」
久しぶりに会う悟空と三蔵はまるで変化なく、悟空は変わらずナマエに懐いているし、三蔵は相変わらず不機嫌そうに煙草をふかしている。
本当にちょうど良いタイミングで旅に出ることになってホッとしたというかなんというか……
旅立ちの原因はとても喜ばしいことではないけれど、こちらもこちらで悟浄とナマエとの3人暮らしに少々息が詰まりかけていた。
「おい、本当にその女を連れて行くのか」
「何が何でも行くと言って聞かないんですよ」
「チップ外してきたとか言われちゃ置いていけねーだろ?」
「本気か?」
「私も行くよ、防御はできるし気功術も習ったし」
三蔵は心底嫌そうな顔でナマエを見てため息をついた。
その一方でナマエはスパーリングの真似事のようなことをして、謎の戦闘力アピールをしている。首筋の傷跡を隠すように髪をおろし、白い肌の上で紅い色がキラキラしていた。
腹が減ったと騒ぐ悟空のため、食事やら積もる話やらもあるしとさっきまで居た我が家まで引き返すことになった。途中で食材を買いながら、3人暮らし用に引っ越した、あの日より少し広い部屋に。
「じゃあご飯作りまーす」
「すみませんねえ、よろしくお願いします」
「悟浄悟浄、ゲームしようぜ」
「ああ? お前これから旅ってわかってんのか?」
なんだかんだと面倒見の良い悟浄は、悟空と一緒にボードゲームでも始めるらしい。本当にあと数時間で旅立つ気があるんですかねぇ……
「八戒、あいつは本当に大丈夫なのか」
放置してあった数日前の新聞に目を通していた三蔵が、こちらをチラリとも見ずにそう言った。
“あいつ”とは、ナマエのことだろう。半妖とはいえついこの間まで人間みたいな生活をしていたのだから、心配になるのも無理はない。果たしてその心配がナマエなのか我々なのかは知る由も無いけれど。
「大丈夫だと思いますよ、ああ見えて芯は強いので」
「“強い”ねえ……」
「唯一の心配事は強い芯は折れてしまうのが厄介、ってとこですかね」
いつまで今の気丈な態度が続くか、ただそれだけが心配なのですが。
でも、もしかしたら僕たちにとってこの旅が良い転機にもなるかも知れないと思ったのだ。自分の気持ちに素直じゃないナマエと、気付きもしない鈍感な悟浄と、なんにも知らないふりをしなきゃいけない僕たちの転機に。
ナマエにも悟浄にも「勝手にしろ」と思うのは本音だけど、そうは言えないくらい彼らが愛しいのもまた事実なわけで。
「でも、その辺は僕らも偉そうなこと言えませんから」
「……」
「三蔵や悟空がいれば、彼女も僕らもまた違う世界が見られるんじゃないですかね。
あ、あとね、前回置いていったこと、相当根に持ってるみたいですよ」
3年前、僕と悟浄が帰宅した時に「おかえり」と言ってとびきりの笑顔を見せてたくさんのご馳走を振る舞い、そのあとは半分怒りながら自力で頑張ったらしい護身術や気功術を披露して見せてくれた。次は絶対につれていくことを約束させられ、それを承知してしまったのは僕と悟浄だ。
まさか本当に次があるとは……
気づいていないふりをしていたけど、僕も悟浄もナマエが相当気に病んでいたことは知っている。おそらく今回置いていってしまったら、彼女は家を出て行くだろう。
「すみませんねぇ、甘くて」
「本当にな」
「ご飯できたよー」
不機嫌な三蔵をよそに、ナマエの気の抜ける声が聞こえて悟浄や悟空も集まってきた。いざ「いただきます」と唱えてしまえば、いくら三蔵と言えどこの食事の前では無力でしかなく、それなりに美味しそうに食べるのだ。
「はー、うめー! 今回は毎日こんな飯が食えるんだな」
「だめですよ、悟空。予算ってものがありますから」
「ちぇー、ケチだな。クレジットカード使えばいーだろー」
「おい、ところでナマエ(こいつ)はジープのどこに乗るんだ」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
「考えてないのか」
そういえば考えていませんでしたねえ。確かに常時後部座席に3人乗せるのは大変かも知れない。荷台のところに腰掛ける程度なら使えなくもないか……
ジープの様子を伺ってみると、ジープはまるで意に介さずナマエの足元に擦り寄っていた。ジープ的にはOKということですか。
「私、置いていかれる?」
ナマエの声が震えている。
「いいえ、大丈夫です。僕はほとんど運転手ですが、悟浄か悟空の膝の上が空いてますから」
「えっ!?」
「マジで言ってんのか!?」
「それは冗談として…… 普段は後部座席の荷台をローテーションで使ってください」
極めて優しい態度を心がけると、ナマエは泣きそうながらも笑顔を見せてくれた。
どうにもこうにも、ナマエの悲しそうな顔には弱いのは何故でしょう。
「そういうことですから、今回は5人旅ということでよろしくおねがいしますね、三蔵」
「はー、わかったわかった」
「ありがとう……」
「辛気臭え顔してないでさっさと飯食うぞ」
「うん!」
僕はこの時初めて、三蔵の態度に違和感を覚えたのだった。