新しく住む街では、場末の雀荘を狩場にすることに決めた。
家からほどよく遠く、薄暗くてイカサマもしやすそうだ。その分、サマ師だらけかも知れないが、それはそれでやりがいがあるってもんだろう。上手くやればレートも上がる。大勝の暁には久々に良い酒でも飲もう。
……と、ほんの1時間前の俺は馬鹿げた皮算用をしていた。今の俺が聞いたら、ここはやめとけ、と言うだろう。
「ロン。16,000点」
意味がわからない。いや、わかるけど。サマ師だ。サマ師なのはわかるが、いつ何をしているのかまるで見えない。この俺が見抜けないサマ師に出会うなんて、ありえないと思っていた。
油断していた俺も悪い。まさかこんな女が半端ねえ肝の据わったサマ師だとは思ってもいなかった。
「お兄さん、ありがとねー」
俺と同じ紅い眼と髪をした女は、傷だらけのボロボロの顔で笑った。今ならわかる。その傷は半妖であるからではなく、こんな無茶苦茶で派手すぎるイカサマばかりしてる色んな意味で酷いサマ師だからだと。
結局その後、ボロ負けした俺は小銭だけ握って雀荘を後にした。もう二度と来ねえ。新しい狩場を探すのは億劫だが、あんな女の息のかかった場所でやるのは二度とごめんだ。
こんな小銭じゃタバコも買えない。もちろん酒も買えない。今夜の飯はどうするか考えて、食べない以外の選択肢はあるのか?と自問自答する。
しかし神ってやつも案外いいつかも知れない。ふと顔を上げた先に、小さな屋台が見えた。掲げられた幟には、小銭で賄える程度の価格とともに“ラーメン”と書いてあるではないか。
「おっちゃん、ラーメンひとつ」
「あいよ」
「……あ」
「ゲェッ!」
自分でも驚くほど醜い声が出た。だってまさかあの女が隣に座っているとは、思わなかったものだから。
女は雀荘で見た時と同じく、傷だらけの顔で笑った。よく見りゃ控えめな露出から覗く素肌は傷だらけだ。
「さっきはごめんね」
「謝るくらいならあんな打ち方やめろっつーの」
「フフフ、そうだよねぇ、でも生きるためだからごめんね、今日はおごるよ」
「んじゃ、おっちゃん酒追加、ふたつ」
「あいよ」
当て付けのように酒を頼むと、女は「もっと食べな」と優しく微笑んだ。意地になった俺は、煮玉子とチャーシューも追加してやった。さっき俺が巻き上げられた金なんか取り戻せないほどだが。
特に話すこともなく、早々に話題は尽きた。ぶち負かしてくれた相手をナンパする気は起きないし、傷に触れるのはさすがにためらう。
「お兄さん、綺麗な髪だね」
「お前が言うか?」
「私も綺麗でしょ?」
「……ああ、綺麗だな」
お揃いだね、なんて馬鹿みたいなことを言っていた。
疎まれた血の証はどうしても好きになれないが、同じ出自の人種に出会えるとまあこんなにもしんみりするものかと思う。現にこの女はこうして身体中傷だらけにならなきゃ生きられない女なわけだ。
好き嫌いとか良い悪いとかそういう概念を無くす存在に、初めて出会えたかもしれない。
女の手がすっと伸びて、俺の頬の傷を撫でて離れる。
「ここもお揃いだ」
「ま、そーゆーカルマってやつなんだろ、紅眼紅髪は」
「そうかも、じゃあしょうがないね」
はふはふ言いながら二人でラーメンをすする。なんだこの昔馴染みみたいな空気は。今日が初対面なのに。
大体この女が変な態度取るからこっちも調子が狂う。ずっと昔から知り合いみたいな口調で話しかけてくるからいけない。
「お兄さん名前教えてよ」
「ジョン」
「嘘でしょ」
「ハニー」
「ハニーはここら辺に住んでる人なの?」
「ハニーじゃねえよ、信じるなよ」
「信じてないよ、ハニー、綺麗な目」
「お前も綺麗な目だよ、って言わせたいのか?」
ああ、調子狂う。
自分以外の紅眼をまじまじと見たのは初めてかも知れない。昔は大嫌いだったそれも、女の眼となると案外綺麗なもんだ。確かに、綺麗だ。
「……綺麗だな」
「そうでしょう、ハニーも綺麗なんだよ」
「ハニーはやめろよ、悟浄にしてくれ」
「悟浄」
「お前は?」
「ナマエ」
「ナマエねぇ」
かわいい名前してやんの。
ペットみたいな。
名前を呼んだら本当に犬みたいに笑うから、ついうっかり頭を撫でてしまった。数時間前に大金巻き上げられたことも忘れて。
身の上話もそこそこに、そろそろいい時間になりつつある。
「んじゃ俺帰るわ、ご馳走さん」
「悟浄、また遊ぼうね」
「ふざけんな、カモにはなんねーからな」
「えへへ、じゃあまた一緒にラーメン食べよ」
「おうよ、じゃあな」
連絡先も家も知らないが、なんとなくまたこの屋台で会える気がして、その日はそのまま別れた。
それから何日経ったか、多分1ヶ月か、もうちょっとかした頃、俺も新しい狩場を見つけてそれなりに資金繰りできるようになってきたもんで、ナマエにラーメンでもおごってやるかとまたあの雀荘に足を運んだ。
そこで飛び込んできたあまりの光景に、口より何よりも体が先に動き出した。群がった男どもを蹴散らして、輪の中心で半裸に剥かれたナマエを拐ってすぐに家まで連れ帰る。男の一人暮らしだ、汚いのはあれだけど外よりはマシだろう。
「大丈夫か?」
「ありがとうね、たまにああいうのいるの、大丈夫よ」
「大丈夫って」
聞いたのは俺のくせに、大丈夫なんて言われても信じられない。頬なんか真っ赤通り越して真っ青だし。どうしていいかわからなくて、とりあえず自分のシャツを手渡す。裂けた服じゃさすがにかわいそうだ。
「参っちゃうよねぇ、証拠もないのにイカサマ扱いで強姦紛いなんて酷くない?」
「だからあんな打ち方辞めろっつったろ……」
「だって稼がないと生きてけないんだから仕方ないでしょ、悟浄と一緒なの」
「もうちょっと賢くやれよ、バレバレすぎんだよ、お前のは」
目立ちすぎ、嫌われすぎ、狙いすぎ、次々とダメ出ししていくと、ナマエは大声で笑いだした。
「たしかにー、本当だね」
「お前なぁ…… 笑ってないでさっさと着替えろ」
「ありがと」
素肌に俺のシャツだけを着たナマエは、傷だらけのくせに妙な色気があって不覚にも下半身に響いた。それと同時に「まさかこいつソレ系の客相手に売春もやってんのか?」という疑惑も抱いた。
太ももや二の腕なんかも痣があって、ナマエにとって暴力は日常であることが伺える。
「お前誰かと一緒に住んでんの?」
「ひとりだよ」
「親は?」
「いない」
“死んだ”んじゃなくて、“いない”のか……
「……それ、全部カモが逆上してやられてんの?」
「そう」
「本当馬鹿だな」
「器用なのに」
「そーゆー問題じゃねえだろ」
単純に保護欲からナマエに断りもせずシャツをめくる。一応胸の下までで遠慮はした。ナマエは少しビクッと肩を震わせたけど、案外抵抗もせず呆れたように笑う。痣だけじゃなくて切り傷もあるのか…… まあゴロツキ相手にしてりゃ当然か。
「お前、妖力使えばやり返せるだろ?」
「あのねぇ、ここのタトゥっていうか、この皮膚の下にチップ埋められてて」
「妖力制御装置的な?」
「そんな感じのやつ。私、見た目ばっかり半妖だけど、力出ないの、見掛け倒しでごめんね」
「謝んなくていいけど」
ナマエの右耳の下に流れ星がひとつ。
またロマンチックなモチーフ選んじゃって。ヤバい女と思っていたけど、出会って2回目で“かわいいやつ”なんて思ってしまっている。俺が言うのもなんだけど、半妖はこういう所あるよな。性的っていうか無意識にその気にさせるっていうか……
ナマエは「私も一応羞恥心とかはあるから」と言って、俺の手からシャツの端を奪って直した。
「安心しろよ、俺はお前のこと絶対にそーゆー対象にしないから」
「複雑なこと言うわね」
「お互い実家がない者同士仲良くしようぜ」
どうにもこうにもここでこいつを帰しちゃいけない気がして、咄嗟にナマエを抱きしめる。無抵抗のナマエは呆れたように俺の背中を叩き、やめさせようとしていたが、無視した。
「こういうのは嫁とやんなさいよ」
「お前、自分に配偶者ができると思うか?」
「思わないけど」
「俺も同じ」
「……それもそうか」
ナマエは諦めて少しだけ抱き締め返してきた。その圧力を感じられただけで満足だ。
そういえば同居人として信用できるか考えてなかった。まあ、盗るようなもんもねえしな。
腕を解放してもナマエは離れていかず、それどころか甘えたように抱きついてきている。ああ、とりあえず傷を治してやんないと。
「せっかくだから甘えとくね」
「今日だけな」
「助けてくれてありがとう」
「……一緒に風呂入る?」
「入んないけど?」
あらまー、残念。
冗談はさておき、本心は傷の状態を把握したかった。半妖だからすぐ治るか? 制御されてるから人間と同じなのか? わからんけど、これだけピンピンしてればあとはメンタルの問題のような気もする。
ひとまず今日は優しいお兄さんでもしてやって、これからのことは場面でなんとかなるだろ。考えても仕方がない。
こうして半妖ふたり、恐ろしく色気のない、だけど俺が一生手に入れられないと思っていた安らぎのある生活はここから始まったのだ。