悟空に嘘をついてしまった。
「本当は悟浄のことが好きなのに女として見てもらえなくて悲しいの」なんて言えるわけない。
あの日悟空から貰った花は、綺麗にドライフラワーにしてから砕いてポプリを作った。
あれからまた宿は代わる代わるしたけれど、大体悟浄か八戒とは同じ部屋にされてしまう。悟浄と同じ部屋になるのは、嬉しくもあり寂しくもあり、複雑な気持ちになる。
実際問題悟浄が女を抱くなんて今更の事実で、そもそも私が彼にこんな感情を抱く前から定期的に発散しているのは知っていた。それはそれで辛かったけど、でも今よりは全然マシだったような気がする。
なんで旅に出た途端、こんなに辛いのだろう。
「ナマエ、なんかあったのか?」
「え? なに急に」
「いや、この間悟空がそんなようなこと言ってたから気になって」
「ああ、手術のあとが痛いって話?」
「まだ辛いのか? 痛むなら調薬してもらうか」
「ううん、大丈夫」
また嘘をついてしまった。悟空に言えないことが本人に言えるわけがない。
ポプリを握りしめると、乾いた音と一緒に少しだけ花の香りがした。
「無理すんなよ」
「わかってるよ、ありがと」
「お前引き際知らねーからなぁ、限界の前に言えよ」
「うん」
悟浄は出会った日みたいに私の頭を撫でて、呆れたように笑う。なんでそんな顔で笑うの。大好き。
ギィと錆び付いた蝶番の音ともに紙袋を抱えた八戒が帰って来た。ストック用のみんなの煙草。それと多分少しの薬草。
「あ、八戒、ナマエに痛み止め作ってくれねーか?」
「どうかしたんですか?」
「いや、ちょっと……」
「手術んとこ痛いんだと」
「困りましたね、破傷風だと厄介ですよ」
「そんな大袈裟な。全然大丈夫だから。鎮痛剤みたいなの少しでいいよ」
痛いのは本当だけど、みんなの手を煩わすほどのことじゃないのに。ああ、みんなの善意を弄んでる。最低だ。
さすがにちょっと甘えすぎたのかも知れない。元気ない素振りなんかして、心配して欲しかったのだろうか。自分で自分が理解できない。せっかくみんなに連れてきてもらったのに、こんな状態になるなんて最悪。こんなはずじゃなかった。
「……ナマエ、無理も程々に」
「ありがとう、大丈夫だよ」
八戒が調薬した薬は、睡眠薬だった。
多分八戒は私が気づいてることに気づいていない。ああ、やっぱり本当は別の何かに悩んでるってこと、八戒にはバレてるよね。
ちらっと目配せすると、いつもみたいに優しく目を細めて微笑んだ。
「そういえばこれから三蔵が村の寺院で誦経しますが、ふたりはどうなさいますか?」
「え、誦経できるんだ」
「あれでも一応“三蔵法師”ですから」
「たしかに……」
普段からあれだけ拳銃バンバン撃ちまくってると、僧侶感ゼロだな。よく考えればなんだかお偉い経文持ってるくらいなんだから、読めて当然の話ではあるんだけど。
新鮮な光景が見られそうで久しぶりになんだか少しわくわくした。寺院に行くのも楽しみかも知れない。私がひとりだった頃、心を洗ってくれたのはいつも村の小さな寺院から漏れ聞こえてくる僧侶のお経だった。
「私も行く」
「あれ、興味津々ですねえ」
「うん、好きなの」
「え、三蔵がですか?」
「お経が!」
結局なんだかんだ全員で村の寺院まで来ると、一番後ろで見学させてもらうことができた。それほど大きな寺院ではなく慎ましやかな祭壇の上で、三蔵はいつもより少しだけキラキラして見えた。
誦経が始まると、淀みが底からすくい上げられて澄んでいくように感じた。三蔵の声がどんどん頭を満たして、今日まで抱えていたクズみたいなモヤモヤを全部浄化してくれる。
三蔵の後ろ姿はとても眩しくて、手を差し伸べてくれる救いの光にも見えた。
ふと肘をつつかれてそちらを見ると、八戒がハンカチを差し出している。
「バレないうちに」
「え?」
「涙」
「ああ……」
心酔しきっていたせいで気づかなかった。八戒にお礼を言ってササッと目元を拭う。すぐに止まる程度の涙でよかった。あとすこし気を緩めたら、あっという間に号泣してしまいそうだ。
でもこれできっと、明日からまた頑張れる。そんな気がした。