30万打|関 大輔さんが年下夢主と幸せな休日を過ごす

別に自ら忙しくしているつもりはない。理想で言えば課の全員がきちんと休暇を取って、出勤の人員だけで仕事を捌いて、ホワイトな職場が作れるのならばそれがベストだと思っている。
……が、そうもいかない、というか言ってもいられないのがマトリという仕事なわけで。諸々の事情や俺の気持ちを汲んで文句ひとつ言わずに付き合ってくれているナマエには頭が上がらない。

「明日は少し遠出をしようか」
「いいんですか?」
「大きな案件が一段落したからね。そうだ、海沿いはどうかな。どこかで昼食でも食べて、水族館に行ってから散歩とか」
「素敵なプランです」

こうやって寝る前に二人の時間が取れたのも実に三日ぶりで、同じ部屋で生活しているのにこんなにもすれ違うものだろうかともはや感心すら覚える始末だ。
俺が忙しいだけならまだしも、ナマエだって別の仕事をしていれば当然なのかも知れないけれど。
ナマエは俺の提案に嬉しそうに微笑んだ後、心配そうに「無理はしないでくださいね」と付け加えた。
そんな心配をさせてしまって情けないな、と思っていると、それを察したようにまた微笑んで「楽しみです」と言ってくれた。
ああ、やっぱり敵わないな。
彼女の首の下で枕代わりになっていた腕を手繰り寄せるようにすれば、胸元に甘えるように擦り寄ってくる。心地よい重さを感じながら眠りに落ちる瞬間の幸福は、いつも俺を安眠に導いてくれる気がした。

  

パチッ。
そんな擬音が聞こえてきそうなほど、随分はっきりと目が覚めた。いつもみたいなまどろみやベッドに後ろ髪を惹かれるような未練がひとつもない。
クリアな意識の中で最初に感じたのはベッドの広さだった。

「ナマエ……?」

隣の枕や空いた布団を触ってみても、そこに温度は感じられなかった。ナマエがいなくなってからしばらく経つらしい。遮光カーテンの隙間から漏れる日差しで、もう夜が明けているということはわかるけれど。
そしてふとベッドサイドの時計を見て、俺は飛び上がった。

「15時!?」

布団をなおすのもそこそこに慌ただしくパジャマ代わりのラフな服装のままリビングに出ていくと、ナマエはソファに座って雑誌を読んでいた。
自分から誘っておきながらこの為体、あまりにも酷すぎる。申し訳無さで顔が歪んだ。

「ナマエ、すまない!」
「ちょ、ちょっと、大輔さん、やめてください。怒ってません、大丈夫です」

土下座、というほど大袈裟なものではないが、ナマエの足元に正座してお辞儀をすると、すぐに慌てた声が降ってくる。
暖かい手のひらに押し上げられるように表を上げれば、いつもの笑顔を浮かべたナマエと目が合った。なんでこんな時にそんな顔。

「こっちに座りましょう?」
「ああ……」

促されつつソファに並んで座り、湧き上がるような感情のままにナマエにもたれかかって肩を抱く。表情を盗み見るように視線を送ると、同じようにこちらを見ていた瞳とぶつかってしまい、情けなく微笑むしかなかった。

「……駄目な彼氏でごめん」
「もー、そんなこと思ってませんってば」

ナマエに体重を預けられると、赦されているような気になってささくれ立った心が丸みを帯びる。
俺がどう感じようが地球は廻るし時間は過ぎて、リビングの時計は15時半を回っていた。しんと静まり返った部屋の中で俺たちが触れ合った場所だけがただただ暖かい。

「大輔さんがゆっくり眠れたみたいでよかったです。あ、嫌味じゃないですよ、本心です」
「うーん、それは、確かに…… 最近で一番よく眠れたかな」

多分、ナマエを抱いて寝たから。ただ隣で眠るだけでもそれはそれで十分幸せだけど、腕の中にナマエがいる心地良さは何物にも代えがたい。安心する。
深いところまで落ちたように眠れるのは間違いなくナマエのおかげだろう。こんな風に眠れるようになったのはいつぶりだろうか。
そんなことを考えながらぼんやりとリビングを眺める。

テレビがあって、その隣には観葉植物があって、ティッシュとかは置きっぱなしで。ナマエが初めてこの部屋に来た時に「部屋に物が無さすぎて心配だ」と言われたことを思い出した。確かにあの頃の部屋は自分でもどうかと思うくらい殺伐としていた気がする。
でも俺はそれに気づいていなくて、というか正確には部屋なんかどうでもよくて、言われて初めて「あ、そうなんだ」と思ったのだ。
今とあの頃、置いてあるものはそう変わらないはずなのに、今はあのテレビは二人で見るものになったし、二人で選んだ観葉植物に水をやるのが日課になって、むき出しだったティッシュボックスにはカバーがかかった。
ところどころにあるナマエと俺の生活の痕跡が、ただ時間の経過を待つ場所だったここを安らげる場所に変えた。
ソファに並んで何をするでもなくぼんやりと座るだけなのに、俺の心は“無”ではない。

「ナマエ」
「はい?」
「……呼んでみただけ」
「なんですか、それ」

クスクス笑う声も、冗談ぽく俺の膝をぽんと叩く手も、触れ合う肩の硬さも柔らかさも、一人では得られないものだ。

「私、こうして二人でぼんやりするのも好きですよ。デートも好きだけど」
「うん、正直言うと俺も。期待させて申し訳なかったとは思うけど」
「好きなことから好きなことに予定変更したんだから問題ないと思いますよ?」
「そういうものかな」
「そういうものです。……あと、私が一番好きなのは大輔さんなので」

やっぱり全然問題なくないですか?
恥ずかしげもなくそう言って俺を見て笑うナマエを見ていると、どうしようもない気持ちになってそのまま抱きしめて首に顔を埋めた。シャンプーの香りに混じったわずかな汗の香り。

「俺も一番好きなのはナマエだな」
「じゃあ、全然問題ないですね」

ナマエの腕はなだめるように何度か俺の背を撫でてから、ギュッと抱きしめ返してくれた。

「はー、寝起き早々こんなこと言って悪いんだけど」
「ふふ、なんですか」
「ベッドで過ごす一日ってのはどう?」
「うーん、たまにはそんな日も良いかも。わりと好きです」
「気に入ってくれてよかった。夕飯は外に食べに行こうか」
「はい」

見つめ合ってキスをする瞬間の熱くて焦れったい感じはいつまで経っても慣れない。何度も上書きするみたいに感情が重なっていく感覚はどう表現したらいいのだろう。
好きだと言葉にしてもすべてが伝わる気がしなくて、こうしてすぐに肌に頼ってしまう。我ながらどうしようもない男だ。
そんなどうしようもない男に笑いかけてくれるナマエには、やはり適いそうもない。

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