※若干のモブ男との絡み有り
正直今回の潜入は気が進まなかった。いくら情報屋とはいえ船上パーティーなんて逃げ場もない場所に単身で乗り込むのは今でも慣れない。
今回はここで見聞きした事すべてが商品になり得る。ひたすら情報をかき集めるのが今回の任務なのだから、できるだけ多くの人と話すなり盗み聞きするなりしなくては。
一呼吸気合を入れ、案内されるがままにホールに通された瞬間、すぐにその人に目を奪われて泣きそうになった。
「こんばんは、く、九条さん、も、来てたんですね」
「あなたも来ていたとは。偶然だな」
「はい、びっくりしました」
彼は私に気づくと輪を離れてわざわざ挨拶までしに来てくれた。
いつも高級そうな服を着ているけども、今日はなおのことビシッと決まっている。パーティー衣装が似合う一般人なんてそうそういないと思うが、九条さんは身にまとう全ての衣類と装飾品が彼のために誂えられたかのようだ。
一方私は。どうだろう。服に着られているように見えないレベルくらいにはなっていたらいいけれど。
「お疲れ様」
「はい、ありがとうございます。九条さんも」
「ああ、それでは」
九条さんは私のお得意様でもあるわけで、私がここにいる事情などすぐに察してくれたのだろう。余計なことは言わずに軽く会釈すると、すぐにまた別の輪に加わっていった。
思わぬ所で彼に出会えた喜び少々、残りの大半は住む世界の違いをまざまざと見せつけられたようで胸が引き絞られるような気持ち。
公私混同なんて良くないのはわかってるけど、仕事上で顔を合わせる度に惹かれずにはいられなかった。スマートな物腰や細やかな気遣い、普段日常で味わうことのないエスコート、知識豊富な会話。そのすべてが私を魅了してやまない。
……だけど、こんな素敵な人を世間が放っておくわけがない。さっき離れていったばかりだというのに、九条さんは既に壮年男性と美女数人に囲まれていた。
その光景から目をそらすように下を向けば、右手の薬指に嵌められたレンタル品の高価な指輪が目に入り、余計に気落ちしてしまった。
隠しきれないため息をついて顔を上げると、小洒落たスーツに身を包んだ細面の男性と目が合う。彼はにこりと微笑むとこちらに近づいて、会釈をした。
「女性が一人だなんて珍しいな」
「やっぱり目立つでしょうか。一度こういうパーティーに参加してみたいと思っていて、少し無理を言って参加させてもらったんです。あなたもお一人で?」
半分嘘で半分本当のことを言う。真実を隠したいなら嘘と本当を混ぜろというのは先輩の教えだ。そして少しずつ自分のことから論点を逸す。
目の前の彼は特に疑う様子もなく、世間話をして私との距離を詰めた。なるほど、ナンパですか。こんな所まで来てナンパとは。もし私がお偉い所の令嬢だったらどうするつもりなんだろう。
幸い相手は私に好意があるようだし、果たしてこの誘いに乗るべきか。ここからネタやコネに繋がるか、あわよくば定期的な情報提供者になり得る相手かどうか。
そんなことを考えながら男性の観察をする。
「最初は一人で参加なんて正直気分最悪だったけど、君と知り合えたから良い日になりそうでよかった」
恥ずかしげもなくさらりとそう言う男性に、少々面食らう。思えば九条さんに心を奪われて以来、色恋沙汰とはずっと無縁で生きてきていた。相手にもなんらかの裏があるかも知れないとは言え、それなりに見栄えする男性にこうしてストレートに出会いを喜んで貰えることに悪い気はしない。
油断していたせいでそれが思いっきり表情に出ていたように思う。そんな私を見て、彼は少し照れたように頬を染めた。
……どうも裏があるようには見えないけれど、どうだろう。こんな仕事をしていると、出会いも素直に喜べない。
「ごめんなさい、びっくりして言葉がでなくて」
「僕の方こそ急にごめんなさい。……あ、その、もしよかったら」
彼の視線の先にはデッキへと続く扉があり、あそこに誘われるのだろうということを察する。
このパーティに参加したのは恋愛が目的ではない。彼に『商品価値』があるのかどうか見極めて返事をすべきだ。続く言葉が発せられる前に何か答えを見つけなければ。
「外でゆっくりお話しませんか」
「申し訳ないが彼女は私と先約がある」
「え」
どう返事をしようかと迷っていた私の視界を突然黒い何かが遮った。それに続いて思い焦がれた声がしてすぐにその正体が九条さんだとわかる。
しかしその言葉の内容については不可解で、戸惑わずにはいられなかった。
「……パートナーの方、居たんですね」
「期待させてしまったようで申し訳ない。ナマエ、待たせてすまなかった」
九条さんは私の存在を無視し、勝手に話をつけてしまったようだ。ナマエって…… 普段は名字で呼ぶのになんで。
縄張りを守るがごとく彼が目の前から消えるまできっちり見守った九条さんが、ようやくこちらを振り向いた。私は私で自分の身に何が起きているのかわからずに呆然としていた所、その灰色がかった瞳とぶつかって意識を取り戻す。
「ナマエ、大丈夫か」
「え、いや、はい、大丈夫、です」
「こういう場所でパートナーがいないと変な輩に絡まれてしまう」
当たり前のように私の名前を呼び捨てにする九条さんは、私の方に肘を張るようにして突き出した。その意味を量りかねていると、九条さんに手を取られて肘へと導かれた。これはつまり『腕を組む』というやつで、恋人同士やダンスのパートナーがするやつだろう。私ではどう考えても力不足だ。
「……仕事の邪魔になるだろうか?」
「いっいえ、滅相もない」
九条さんの連れ合いだと知らしめておけばそれこそいろんな人が勝手に寄って来るだろう。今回の任務は大成功だ。そういう意味ではものすごく好都合だった。
ただ、都合が悪いのは私の心臓とメンタルの方で。心臓どころかそこら中の脈が激しく活動しているような気がする。
「それなら今日はこうしていてくれ」
九条さんは私の手をしっかりと腕に絡めるようにして念を押すようにその上からギュッと押さえつけた。ふと目に入ったテーブルに置かれたカラフェに反射した姿はまるで恋人同士かのようで、いよいよ私は脳が沸騰するんじゃないだろうか。
「美しい花に悪い虫がつくのは耐えられない」
「え、なん、」
「さあ、行こうか」
どこに。今日の九条さんは私の話を聞いてくれない。
私の手がきちんと添えられているのを確認し、履き慣れないヒールでも歩きやすい速度で何歩か踏み出せばまたすぐに別の人に話しかけられた。九条さんの会社の繋がりの人なんだろう。
居心地の悪さを感じてしまうのはさすがに仕方ないと思う。だって私は本来こんな所にいて良い人間ではないし、当然九条さんの腕を取るなんて有り得ない立場だもの。
そうして俯きがちになっていると、挨拶もそこそこに私のことを尋ねられた九条さんは私をチラリと見てから微笑み、前を向いて「私のパートナーです」と言ったのだ。