30万打|一条店長とカイジくんが気になるあの子は同じ人

さっきからインカムから店長が私の名前を呼ぶ声がしている。3度目に呼ばれた頃、店長の声に苛立ちが交じるのがわかった。だけども私はどうしてもそれに答える事ができない。
なぜなら私の手は目の前の男性客にギュッと掴まれて、彼からも必死に名前を呼ばれていたからである。

「ナマエ、なんでこんな所にいるんだよ……!」
「えっと、働いてる、から?」

目の前の男性客、というとやや他人行儀すぎたかも知れない。彼は私の高校時代の同級生でそこそこ仲の良かった伊藤くんだ。卒業とともになんとなく連絡を取らなくなって、気がつけば疎遠になっていた、よくある関係だと思う。
それがまさか地元から離れた都心の、こんなマニアックな裏カジノで顔を合わせるとは。
世間知らずすぎてリボ払いで作った借金返済のために昼はOL、平日の夜は数時間だけここでバイトしている。という情けない事実を知られたくなくて、伊藤くんの質問にはあやふやに答えた。
だけど伊藤くんはまったく納得する様子もなく、血相を変えて私の手を握り続けている。

「なんで……!」
「なんで、って、給料が良いから、かな」
「給料!? そんなもの、もっと他になんかあるだろ、よりによってこんな怪しい店で働く必要、全然ない!」
「う~~~~~んと……」

どうやら伊藤くんは私を心配しているらしい。が、私はそれを納得させられるほどの言葉を持ち合わせていなかった。真実を話すのは恥ずかしいし。
一応、これでも、高校時代は伊藤くんのことをちょっといいなと思っていたのだ。普通にかっこいいし、背も高いし、ちょっとぶっきらぼうな所はあるけどとっても優しいし。
まあ、その優しさに今とても困っているわけだけど。
私が伊藤くんに捕らえられている間にもインカムからは店長の声が聞こえ、そのうち村上さんまで会話に加わりだし、ちょっとした騒ぎになっていた。
多分伊藤くんが監視カメラを遮るように立っているせいで、スタッフルームのモニターからも確認できないのだ。

「ちょっといろいろあって、しゃ、借金とか……」
「いくら?」
「えっ、それは個人情報っていうか」
「もしかしたら俺がなんとかしてやれるかも」

まさか沼で一発当てるつもりでいるのだろうか。頭が痛い。
ここのスタッフである私があの台の仕組みを知らないはずがない。絶対に不可能だ。不可能だし、そんなことしたら伊藤くんもただでは済まない。軍資金をいくら用意しているか知らないけれど、それこそまさに沼に捨てるようなもの。絶対に止めなければ。

「ちょっと待って、駄目だよ、そんなの。伊藤くんこそこんな所で何やってるの、そっちこそ借金で大変なんじゃないの。大体その顔の傷はなんなの、どうしたの」

伊藤くんを上回る勢いで食って掛かってみれば、やはりこんな所に来るくらいだ、言い淀んだ伊藤くんは後ずさりながら押し黙った。
かと思いきや、私の手を離しもせずに真っ直ぐにこちらを見つめてくる。……やだ、ちょっと、やっぱりかっこいい。

「一緒に逃げよう」
「え!?」

どうしてそうなった!?
私が呆然としていると、私と伊藤くんが大声でやりあっていたのを聞きつけたらしい店長が小走りでこちらに来て二人の間に立ちはだかった。
ぐいと私の身を店長の後ろに隠すように追いやり、伊藤くんの手を掴んで私の腕から引き離す。

「お客様、うちのスタッフに手を上げるのはどうかお控えください」
「お前……」
「い、伊藤くん、私は大丈夫だから」
「何、知り合いか?」
「高校の同級生で……」
「……ふうん? それならなおさら、プライベートな事情を持ち込んで手を出されては困ります」

店長は言葉遣いこそ丁寧ではあるものの、きつい口調で伊藤くんにそう告げる。まるで威嚇でもするかのように。
当然伊藤くんは良い気はしないだろう、店長と私を一緒くたに睨みつけた。ちょっと心苦しい。だって伊藤くんは何一つ悪くない。かと言って店長が悪いわけでもないし。

「ナマエの弱みでも握っているのか」
「いいえ? 彼女は自ら望んで私の所にいますよ?」

ん? その言い方にはなんか語弊がないだろうか?
疑問に思うや否や、私は店長に腰を抱かれた。びっくりして言葉も出ない。
……はっ、そうか、もしかしたら伊藤くんのことをストーカーか何かと勘違いしているとか。

「嘘だ。なあ違うだろ、正直に言えよ。事情があって仕方なく…… だよな?」

店長の腕の中で硬直する私を救済するがごとく差し伸べられた伊藤くんの手。伊藤くんは相変わらず私をまっすぐ見つめていた。必死な目元と優しい口元。あの頃とまったく変わっていない。
……でも、別にここに居たくないわけじゃない。店長はこの通り私にすごく気を遣ってくれるし、シフトの融通だってしてもらえる。時給だって良い。とっっっっても居心地の良い好待遇のバイトなのだった。

「ご、ごめん、伊藤くん、私、好きなの……!」

だからクビにしないで、この店が好きだから、お願い店長!
そう思ってちらりと店長を見ると、店長はぎょっとした顔で見つめ返したかと思えば、にこりと微笑んで自信満々に伊藤くんに言い放った。

「私の大切な人に手を出すな」
「な!?」
「えっ違っ、それはなんか違っ……」
「ほら、ナマエが違うって言ってるだろ、離せよ」

今度は伊藤くんが私の腕を引いて店長の腕の中から私を奪うようにして背に隠す。私も大概フラフラしすぎだと思うけど、彼らが突然本気で力強く引き寄せるものだから抵抗が間に合わないのだ。
伊藤くんの肩越しに見える店長は私を見て眉根を寄せていた。
伊藤くんは店長と睨み合いながらもこっそりと耳打ちするように小さく私に語りかける。

「お前は俺が助けるから大丈夫だ」
「助けるって」
「……ずっと、会いたいと思ってた」
「え」

なにそれ。
もしかして、伊藤くんも私のことを憎からず思ってくれていたのだろうか。言葉からすべてを悟るのは難しい。
せめて表情だけでもと思ったのに、伊藤くんはずっと店長を睨んでいた。

「何をこそこそしている、返せ」
「嫌だ。ていうか、嫌がってるだろ」
「仕事中だ、返せ」
「帝愛の息がかかった職場なんか行かせられるか」

もはや私の意思なんか置き去りで、二人とも火花でも散らす勢いである。
男二人が揉み合えばそれなりに大事にもなるもので、私が困っていると村上さんが現れて伊藤くんと店長の間に割り入った。
あああありがとうございます村上さんッ!

「店長、一応、お客様ですから」
「ん、……ふぅ、そうだったな」
「お客様、今日の所はお引取りいただけますか」
「ナマエは連れて行くぞ」
「それは困ります」

……既視感。
そんなものを感じていると、やはりまた今度は村上さんと店長が伊藤くんと揉め出した。そのうち伊藤くんの連れ合いらしいおじさんまで加わって、何がなんだかわけがわからない状態だ。
気がつけばスタッフ総出で伊藤くんとおじさんはどんどん出入り口の方に追いやられていった。

「ナマエ……!」
「伊藤くん」
「必ず迎えに来るから……!」
「受けて立ちましょう!」

なぜ店長がお答えになるのですか。
伊藤くんが出入り口へと追いやられていく中、店長はまたずっと私の腰を抱いていた。店長、これはセクハラですよ。
ちらりと店長を見やれば、やはりまた、随分優しげな微笑みが私を迎えたのだ。

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