30万打|芝 秀介さんへの片思いはいつかきっと

最近、私はお弁当作りに凝っている。
キャラ弁とまではいかないまでも、彩りはできる限り良くなるように工夫しているし、味やバランスも偏らないようにそれなりにメニュー(なるっちというブロガーのレシピはとても便利だ)も考える。
なぜ唐突にお弁当作りに凝りだしたか、その理由はとても単純だ。

「お疲れー」
「あ、秀さん、お疲れ様です」

休憩スペースでお弁当を広げ始めたところで、向かいの席に秀さんが座る。秀さんはいつものように大盛りタイプのカップ麺と菓子パン、そしてペットボトルの緑茶を順番に並べた。
……今日は当たりの日だ。
なんせ、私がお弁当に凝る理由こそが彼なのだから。

「今日も手作り?」
「そうですよ、よかったらいかがですか」
「えー、なんかいつも悪いなー。とか言ってまた貰っちゃうんだけどね」
「いいんですよ、どうぞどうぞ」

慌ただしい捜査一課では全員揃ってお昼休憩を取ることはまず無い。同じ課に所属していても同じ時間に休憩に入れることはなかなかないのだ。ましてや秀さんはとても忙しいので、私がお昼休憩の時間に庁内にいること自体が珍しい。
今朝、行動予定ボードを見たら秀さんの予定には何も書いていなくて、正直期待していた。期待通りの展開に私の胸は高鳴り、顔がほころぶのを抑えきれない。
いつも少し多めに作っているお弁当だけど、今日は腹八分目で美味しくいただけそうだ。

「どれ食べてもいい?」
「好きなものでいいですよ」
「唐揚げでも?」
「いいですよ」

唐揚げが入った方の弁当箱を秀さんの方に差し出して、食べやすいようにピックを刺す。そしてもう一度「どうぞ」と言うと、秀さんはにっこり笑って「ありがと」と言った。
ああ、好き。大好き。
微かに浮かぶ目尻の笑いじわも、捜査一課服部班の中では珍しくハードに固めた髪も、退社直前くらいになるとこれが少しだけ崩れてしまうところも、細くて長い骨ばった指も、全部大好き。
きっと隣に並ぶのは美人で育ちの良い、守られる雰囲気のある女性だろうなと思う。
しかし残念ながら私は良く言って十人並みといったところで、警察官なんかやってるだけあって身体的にもそこそこたくましい。どう見ても守られるタイプではない。うん、まあ、警察官だし、守れなきゃだめだからそれはいいんだけど。
隣に並んで似合うのはきっと無理だけど、それでも少しでも、今この瞬間の1%でも構わないから、秀さんに「女の子」って見てもらえたら嬉しいなと思って選んだのがお弁当だった。
今時家事能力アピールなんて時代遅れかと思ったけれど、なんせ普段の接点が少ないし、わずかな接点で少しでも多くインパクトを与えるためにはこれしかなかったのだ。

「はあ、美味しい」
「ふふ、好きなだけどうぞ」
「いやー、俺が好きなだけ食べたらナマエちゃんの分なくなっちゃうって。……でも卵焼きだけちょうだい」
「どうぞ」

秀さんのピックが卵焼きに刺さる。甘じょっぱいだし巻きだ。実はこれも秀さんの好みを探り探りの結果たどり着いた所だったりする。
そして私の目論見通り、秀さんは「最高」と言った。

「ナマエちゃんは料理上手だねえ」
「うーん、どうでしょう。まだ初心者ですから」
「これからもっと上手になるなんて、未来の旦那が羨ましい」

あなたがいいんですけど。とは言えるはずもなく、曖昧に笑って誤魔化す。
秀さんの手から離れたピックは私のお弁当箱の蓋の上に転がって、今日はもう私の作った食事が秀さんの口に入ることは無いのだと、一抹の寂しさを感じた。

「秀さんは料理しますか?」
「するように見える?」
「そもそも料理する時間がないくらい、忙しいですよね、変なこと聞いちゃってごめんなさい」
「あはは、確かに最近は時間もないや。やる時はやるんだけどね、仕事が立て込んでる時はどうしてもね。ていうか、俺がひとの手料理食べるのなんて、ナマエちゃんのお弁当くらいだな」

心臓が跳ねた。そうなんだ。私の料理しか、食べないんだ。
もちろん飲食店で誰かが作ったものは食べているのは承知しているけども、それでもなんだかちょっとだけ特別な場所にいられたようで嬉しかった。

「こんなのですみません。でも、その、えっと」
「何? 濁されると気になる~」
「えーっと」

言うか言わないか迷った末、私の言葉を急かさずに、それでいて無視をしないで待っていてくれる秀さんと目が合って、言うことにした。

「秀さんに食べてもらえると、嬉しいです」
「……なにそれ!!」

秀さんはたっぷり溜めた後に大袈裟なリアクションを取った。あちゃー、みたいなやや芝居がかったポーズも、秀さんがやると違和感がない。

「もー、そんな事言われたら調子乗っちゃうじゃん。そのポテトサラダももらっちゃうからね」
「どうぞ」
「こら、ナマエちゃん。自分のご飯なんだから自分で食べなきゃ駄目でしょ」

私のお弁当なんて、ほとんど秀さんに食べてもらうために作っているようなものなんだから、遠慮なんかしなくていいのだ。
何の理由もなく私の食事があなたの口に入るような、そんな日がくればいいのに。
いけないいけない。目の前に秀さんがいるにも関わらず、センチメンタルになってしまった。

「そうでした、これ私のお弁当だから」
「いやー、さすがに毎回もらいすぎてる自覚はあるんだよ、これでも」
「そうですかね」
「うん、ということで、今度お礼にご飯奢らせてよ」
「え」
「ナマエちゃんの好きなもの、なんでも食べさせてあげちゃう」
「え」
「……ええ、嫌?」

私が驚きすぎて死んだ語彙力のまま固まっていると、秀さんは訝しがるように私を覗き込みながらそう尋ねる。
嫌じゃないです。全然嫌じゃないです。大好きなんです。よろしくお願いします。できれば一生。いや、それはまだ言いすぎだ。
どうにも0からの言葉は100になりがちだ。ちょうどいい所が無い。
いきなり100の言葉をぶつけるわけにもいかないから、控えめな深呼吸をして心を落ち着かせ、秀さんに向き合った。

「いいんですか、忙しいのに」
「ナマエちゃんだって忙しい中作ってるお弁当、俺にくれるじゃん。それと一緒。お礼なんだし遠慮しないで」
「あ、ありがとうございます」

秀さんより私の方がよほどのこと調子に乗ってしまいそうだ。
どうしていいかわからない浮ついた気持ちに追い打ちをかけるように、秀さんは自分のスマホを取り出して私に連絡先まで聞いてくるではないか。
なにこれ? なにこれ……
とても現実とは思えない急展開に、私は震える指でLIMEのQRコードを表示させるのだった。

  

「夏樹、俺のカップ麺(常備品)が一つ減っているのですが、食べましたか?」
「それなら秀さんが持っていきましたよ。最近お弁当づくりやめたらしいんで」
「ふむ。秀さんもようやくカップ麺の素晴らしさがわかったようですね」
「……いやー、違うと思いますけど」

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