無職でも衣食住には困らねえと思っていた。
まあ実際今でも困っているわけではない。二束三文で買ったもう動きもしないトレーラーハウスは、雨風凌げてベッドもあるし、時々兄貴の仕事を手伝って分け前を貰えば街で買い物だってできる。
食い扶持はその辺の森に行って狩ればいい。こんな生活を何年と続けている俺にとっては、なんとも感じない日常だった。
「おい、これ」
「おかえりなさい、あら立派なウサギ!」
ナマエは俺の手からウサギを受け取るや否や、ナイフを持ってハウスの外の水タンクの傍まで行って捌きだした。
初めて狩ってきた時はぎゃあぎゃあうるさかったもんだが、何年も一緒にいるうちにウサギ如きでは騒いだりしないようになった。それどころか今では鹿も解体するほどの腕前になっている。
逞しい女だ。
ナマエは俺の生活に順応していた。
「ダリル、今日のウサギは食べる所がたくさんある」
「ああ、丸焼きにして食おう」
「ハーブ摘んでくる」
その辺の土を開拓して作った畑は、ナマエの植えた野菜とハーブが僅かに実っている。
今まで俺が適当に串刺しにして塩振って焚き火で焼いていた“ただの丸焼き”は、今ではハーブと塩が擦り込まれた“直火焼き”になった。
バサバサの髪を一つにまとめて、金がなくてろくな手入れもしてやれない肌は出会った頃よりガサついている。
「今日は立派なウサギだからお酒を飲もう」
焚き火の周りに折りたたみの小さな椅子をふたつ並べて、ウサギが焼けるのを待ちながら乾杯した。兄貴に貰った瓶ビールと、ナマエが買ってきたラム酒。
薄暗い景色の中で焚き火に照らされたナマエの横顔は、いつ見ても綺麗だ。
「時給が上がりそうなの」
「おう、よかったな」
「本当、職場に恵まれてよかった」
例えば
そのバサバサな髪をサラサラにしてやりてえなとか、ガサガサの肌をすべすべにしてやりてえなとか、野生のウサギや鹿じゃなくて牧場で育った牛や豚を食わしてやりてえなとか、同世代の女が持ってるくらいのいい指輪をはめてやりてえなとか、最近になってなんとなくそういうことを思うようになった。
少なからず今のままじゃいけないことは確かだ。
「俺も働くかな」
「えっ!? なんで!?」
「そんなに驚くことかよ、女が働いて男が無職とか普通は有り得ねえだろ」
「今更じゃん」
「……」
「ダリルはダリルの好きなことをしなよ」
ナマエは本当に俺が無職であることなんかどうでもいいように笑った。
「もちろん応援はするけど、今のままでも困ってないよ」
「そうかよ」
ナマエは逞しい女だ。
明日も朝から仕事に出かけて、帰ってきたら肉を捌いてふたりの飯を作る。俺はその間、狩りをしたり兄貴の手伝いをしたり、生きていけるけど、立派なんかじゃない。
「あ、でも」
「あ?」
「指輪かタトゥー、お揃いにしたいな」
ナマエは恥ずかしそうに呟くと、焼き上がったウサギの肉をプレートにのせて俺に寄越した。
イタダキマス、と、いつもの儀式みたいなのをしてから齧り付く。
「うめえ」
「ダリルのおかげだね」
「……まあ、あれだ」
「え?」
「楽しみに待っとけよ」
「えっ、え?」
狼狽えるナマエの左手を掴んで、さり気なく指の太さを確かめる。
なんとなく痩せた気がする。腹いっぱいうまいものを食べさせてやりたい。
もう少し計画を立てる必要がありそうだ。
今より少しマシな生活をするためにできることについて、腰を据えて考えてみるのもそう悪くは無い。
「明日は送っていってやるよ」
「やったー、ダリル好き」
「おう」