DEAR 07|煩悩

八戒と一緒に村の寺院に入ると三蔵は既に登壇していて、間もなく誦経が始まる様子だった。
あれから三蔵は村を変わる度に必ず一度は寺院で誦経をしてくれるようになった。三蔵は「関係ない」とか言うけれど、絶対私がせっついたせいだと思う。また気を使わせてしまった。でも嬉しい。
三蔵のお経はなによりも私の癒しだった。
誦経が始まると、心が澄んで冴え渡るような感じがする。やっと深呼吸できた、みたいな気分。爽快と安心に包まれる。
いつも気がつくと終わっている。毎度決まって無意識に泣いているみたいで、八戒にハンカチを持たされるようになった。

「そんなに良いんですか?」
「うん」
「まさかナマエがそんなに敬虔な仏教徒だったなんて初耳です」
「いや、仏教徒じゃないけど」

別にお経だけがいいわけじゃなくて。やっぱり三蔵が読むから良いんだと思う。低くて落ち着いた声色もそうだし、あの高圧的な態度も手の届かない存在みたいである意味良い効果になっている気がするし、透き通るような金色の髪もそれを助長させる美しさがある。
私は仏教徒じゃなくて単なる傍聴者でしかないけれど、信仰する人からしたらそれこそ神々しさ溢れる僧侶様なんだろうと思う。さすが“第三十一代唐亜玄奘三蔵法師”を名乗っているだけあるなあ、って本心からそう思う。
宿に帰ると珍しく悟浄が部屋にいた。今日はどこにもでかけないらしい。性欲は大丈夫なんだろうか。
……なんてことを心配できるくらいには回復するのだから、やっぱり三蔵のお経の力は凄いのだ。

「今日はもうどこも行かないの?」
「んー、今日はナマエといる日」
「なにそれ」

この間チクッと言ったことを気にしているのだろうか。悟浄は涅槃みたいなポーズでベッドに転がってニヤニヤしてるけど、今更気にされてもね、なんて素直じゃない感想を抱く。
定期的にセックスが必要な悟浄は、やっぱり性欲があるってことだろう。私もあるんだから当然だ。それにしても私はよく我慢していると思う。もう何年していない? 八戒と出会った頃くらいからだとして、4年くらい経つのだろうか。

「悟浄、セックス気持ちいい?」
「ブッ!! なんてこと聞くんだお前は」
「だってしてるから」
「よくなきゃしねーだろうが」
「そうだよね」

いいなぁ。
悟浄も、悟浄の相手の女も。
本格的に自覚する前は悟浄みたいに発散できたのに。自覚してからやってみたら、想像以上に罪悪感と不快感が残るせいでできなくなってしまった。
でも性欲はある。
個人部屋だったらひとりで致すところだけど、さすがに男性と同室になりながら隣のベッドでやる勇気はない。

「お前まさか男遊びしようとしてるんじゃないだろうな?」
「前は相手選べば良いって言ってたじゃん」
「基本的には駄目に決まってんだろ!」
「基本的ってなによ、なんで悟浄は良いのに私はダメなの」
「駄目なもんは駄目」
「ええ……」

じゃあ私の溜まりに溜まった性欲、悟浄がなんとかしてよ。
と、口をつく寸前で飲み込む。

「私もしたいよ……」

飲み込んでも抑えきれなかった気持ちが一番マイルドな言葉になってこぼれ落ちてしまった。
まずい。と思って悟浄の表情をそっと伺うと、あまり意識してない感じで安心した。

「まあ、だから、ちゃんと相手選べば、な」
「なにその歯切れ悪い感じ」
「うるせーな、不特定多数とするなってーの」
「特定の相手なんか作れないじゃん」

こんな旅の中で特定の相手なんて言ったら、八戒か三蔵か悟空か、悟浄しかいないじゃない。
そんなのずるい。

「だから駄目ってことだよ」
「あーあ、セックスしたい!」
「あっ、ついにハッキリ言いやがったな。慎め!」
「セックスセックスセックス!」
「お前は猿か!!」

ついにセックスしたいと思っているお相手張本人に「セックスしたい」と言えるようにまでなってしまった。
やっぱり三蔵のお経は凄い。多分。

……ああ、お経聞いた直後になんてことを考えているのだ。ふと我に返ってみても、でも正論じゃん、としか思えないあたり、やっぱり私は仏教徒にはなれそうもない。

タイトルとURLをコピーしました