どうにもこうにも、明るい月夜ってのは眠れねえもんだな。
久々の大部屋で、悟空を始めとする男どもプラス1と1匹は0時頃まで大騒ぎして1時前には寝付いたようだ。こちとら布団に潜ってはみたものの、やっぱり月明かりが気になってどうしようもなかった。
健康ブームだかなんだか知らねーけど客室禁煙だのというクソ面倒くせえシステムの宿のせいで、こうして外までわざわざ煙草を吸いに来きている。
「三蔵」
「なんだ、起きたのか」
月を眺めてふかしていると、ナマエが来て隣に座る。もしや俺が起こしたか? まあどうでもいいか。
煙草をねだるナマエに仕方なく1本とライターを渡す。
「お前吸ってたのか」
「昔ちょっとね」
「へえ」
思いのほか慣れた手つきで煙草をくわえて火をつけた。2回ふかして肺に入れる。そして不味そうな顔をして、小さく唸った。
「不味い」
「お前になんかやるんじゃなかった」
「不味い煙草でも吸いたい気分てのがあるんですよ、法師様」
「……どうした」
聞こうか聞くまいか迷って、結局聞いてしまった。
どうせ俺にとって都合の悪い話なんだろうと思うけど、もはや今更こいつから悟浄の話を聞かされることなど恒例行事のようなもの。そもそも俺には関係の無いことだ。
「今日ね、悟浄が好きだなーって思ったんです」
あっそう。
おそらくこいつは俺の事を唯一の秘密の共有者とでも思ってるらしく、あれ以来こんな風にふたりになるとちょくちょく惚気だか愚痴だかよくわからん事を口走っている。
俺の気持ちは伝えたはずだが、どうも報われない思いを抱える者同士的な捉え方をしているようで、多少イラつくこともあった。
しかしまあ今思えば、それでよかった。
その方がこちらも正々堂々と挑めるってもんだ。
「でももう諦める」
「は?」
「私と悟浄はもう恋人にはなれないって気づいちゃったし。っていうかずっと気づいてたのに悪足掻きしてただけだけど」
予想外の言葉にこっちの言葉も詰まる。
諦めていいのかよ? なんて敵に塩を送るような言葉しか浮かばず、それはそれで腹立たしい。
「あー、なんか上手くいかないね。きっと私次第では他の道もあったんだろうなーなんて思うんだけど、そんなこと考えてもしょうがないし。私は今の悟浄も好きだし。でもどっちもなんて無理だしさ」
「……」
「悟浄、好きだったんだ、今も、あれ、ごめん」
突然零れ落ちた涙を受け止めてやる物を持ち合わせていないことを後悔した。
何も出来ずに煙草を吸う俺の隣で、ボロボロ泣いてるナマエの顔を直視できない。直視したらあまり“良い男”とは呼べない生き物になる気がする。
「涙は、悟浄が嫌うから、早く引っ込めたいんだけど、ごめん」
「泣きゃいいだろうが、出てくるもんはしょうがねえだろ」
「うん、ごめん」
「謝んな。俺に涙は通用しねーから安心して泣け」
「あははは、三蔵ぽい」
笑えてねえっつーの。
落ち着くまでただ隣にいてやるつもりだったのに思った以上に落ち着く様子がない。今にも折れそうな灰を乗せた煙草は、まだナマエの指の隙間に刺さったままだった。
「チッ」
煙草を引き抜いて灰皿に投げる。ついでに俺のも捨てた。火傷はしていないようだ。
ふとナマエの様子を伺うと無理矢理笑顔を作ろうとして不細工な顔をしている。
「おいブス」
「ブス……」
「見るに堪えねえからちゃんと泣け」
触るつもりはなかったのに、あんまり不細工だから仕方ない。胸元に抱くようにすると、ナマエは俺の名前を呼びながら泣いた。
俺が泣かしてるみてえじゃねーか。
……俺が泣かしたんだったら、よかったのに。
「ごべんなざい」
「声もブスだな」
「ブスでごべん」
「ブス」
罵っているとそのうち遠慮なく泣き始め、そろそろ次の煙草が吸いてえなと思う頃には落ち着いてきたようだ。引き剥がすとやっぱり酷いツラをしている。1日に2度もそれを拭う何かを持っていないことを後悔することになるとは。
今度こそ本当に目のやり場に困っていると、ナマエはポケットからハンカチを出して涙を拭った。おい。
「持ってんなら最初から使えよ」
「だって明日からまた洗濯できないじゃん」
「んなモン洗面所で洗ってジープに干しときゃすぐ乾くだろーが」
なに驚いてんだ。今気づいたみたいな顔しやがって。ぽかんと口を開けてこちらを見るナマエは、汚ねえし間抜けだしおおよそ女が男に見せる顔ではない。
本当に自分でもどうかしてると思うが、こういう表情をしてしまう、こいつが好きだ。
「汚ねえ」
呆れたように本心が口をつくと、ナマエはハンカチで涙だけでない色んな体液を拭いてからまた無理に笑った。
「三蔵は凄いねぇ」
「なにがだよ」
「よく私にキスしたね、突然今までの関係が壊れちゃうかもしれないのに」
「今の汚ねえツラに直に行くのはベッドの上か風呂の中くらいじゃなきゃ無理だがな」
「えっ、これでもできるの」
「して欲しいか?」
身を乗り出してナマエに近づくと、あの日のようにナナはバリケードを張って俺を拒んだ。
「……三蔵?」
「俺に気の無いうちに手篭めにしたってつまんねーから、待っててやるよ」
「待つって……」
「どーせお前はすぐ俺に惚れるからな」
「えっ、いやそれは」
「否定できねぇのが答えだろーが」
バリケードの向こう側でうんうん唸るナマエの頭を撫でて、その防御が緩んだ隙に額にキスをした。今更照れながら額を押さえるナマエは、いつになく女らしく見える。
「あと1本吸ったら戻るぞ、付き合えよ」
「……うん」
煙草を1本出して自分の分だけふかす。
明るい月夜もふたりで並んで眺めてみれば、これはまた風流な物だと気づいた。