正直に言おう。私はこの人が苦手である。
掴みどころがなく、何を言っても暖簾に腕押ししている感じ。それでいて監視するような鋭い視線を向けられることもある。
つまり、猛烈に居心地が悪いのだ。二人きりで密室に閉じ込められたら窒息死するのではないだろうか。
「はっとり、 ……耀さんは猫派ですか、犬派ですか」
それが何故二人でペットショップにいるのだろうか。
ハムスターのような小動物だったら一人暮らしでも飼えるかも、なんて思ってたまたま、本当に気まぐれで寄っただけのペットショップに、先客として彼がいた。何故だ。
挨拶だけして横を通り過ぎたら、どういうわけか耀さん(と呼べと言われている)もついてきたのだ。なんとなく「小動物を飼いたいと思っている」という個人情報を握られるのが嫌で犬・猫コーナーに来てしまった。
「首輪つけてくれればどっちでも」
「……」
何その答え。おかしくない? 何その答え?
眉一つ動かさず、いつもの平坦な表情でそう答えた耀さんは、ガラス越しにじゃれ合う子猫たちをぼんやりと見つめていた。
冗談とも本気とも取れそうな状況に、どう答えていいかわからず沈黙してしまった。こういう所だよ、この人が苦手なのは。
「大型犬用の首輪なら人間でもいけるらしいね」
「に、人間はペットショップじゃ買えません」
「ペットは買わなくても拾えばいいんだよ?」
ねえ? と同意を求めるように私を見るけれど、いやいや、そこで「そうですね」とでも言うと思っているのか、この人は。
しばらくその流し目で私を見つめた後、近くに掛けられていた首輪の中から「大型犬用」と書かれたシルバーのスタッズが光る黒革の首輪を手にとった。
「えっ」
まさか人間飼うつもりなのだろうか。怖すぎるだろ、なんだよこの人。直属でないにしても庁内の身近な所にこんなサイコパス紛いがいるなんて。
耀さんはその首輪を何度かしならせると金具を解いて私の首に近づけた。
「あの、ちょっと」
「巻いていい?」
「は?」
「うーん、なんかちょうど良さそうなんだよねえ」
「何の話ですか」
私の許可なんかひとつも待たずに耀さんが私の首の後ろにベルトを回す。
残念ながら私は他人に首の辺りを触られて平然と立っていられるほど鈍感ではない。ゾワゾワした震えが背骨の下から脳天まで突き抜けて身震いをする。
思わず肩をすくめると耀さんは悠長に「それじゃ止められないでしょ」なんて言って私の額をぺちんと叩いた。
「なにするんですか」
「しつけ」
「叩くなんて」
「はい、できた。おりこうさんでした」
耀さんは私に微笑みを向け、今度は頭を優しく撫でた。
えっ、ちょっと。真意の見えない行動に振り回されて心臓が過剰に運動している気がする。この動悸は何? なんてすっとぼけてみるけど、私はこの感覚を知っている。恋か。恋なのか。
いや、そんな短絡的な。どちらかといえばこれはストックホルム症候群だろう。
「な!?」
耀さんのせいで余計なことを考えていると、当の本人は突然首輪と首の隙間に指を突っ込んでグイッと結構強めに引っ張った。
そんな不意打ちある!? 踏ん張りが間に合わずに耀さんに思いっきり突っ込んで、抱きつくような体勢になってしまう。
「危ないじゃないですか」
「うーん、やっぱりこうなるのが自然なんだよねえ」
「は?」
「捜査捜査」
「はあ」
訊けば「女性の遺体に犬用首輪が巻かれていているのが放置されていたけれど、どうも彼女らの首の様子がおかしい」らしい。癒やされるためにペットショップに来たのに、苦手なおじさんからそんなグロい話聞きたくなかった。歳の割に綺麗な見た目しているとは言え。
いろんな角度から私の首に巻かれた首輪に指を突っ込んだり引っ張ったり散々観察して、やっとそれを外してくれた。
「ご協力どうも」
「そういうことは先に言ってくれませんかね」
「あ、
「いりません!」
本日二度目の微笑みは随分楽しそうで、こんな顔もするんだなぁなんてちょっと得した気になった。それと同時に楽しそうな笑顔を見る代償が大きすぎるのでは、とも思ったけれど。
「うちに来る時は首輪してあげるからね」と、またもや冗談なのか本気なのかわからないことを平坦な表情で言ってのけた耀さんは、その首輪をお買い上げして帰っていった。
さて、ところで私のこの動悸は、本当にストックホルム症候群だろうか?