ひかるんに恋しそう

「ナマエちゃんってそういう色が好きなんだね、かわいい!」
「うん…… 自分で選ぶとどうしてもこの色しか目につかなくて」

中学生の頃は部活ばかりしていたし、高校の頃のバイト先は過度なメイクが禁止だった。そのままずるずるおしゃれとは無縁の人生を歩んできてしまったのはどう考えても私の怠慢だと思う。
もちろん身だしなみは整えているつもりだけど、華やかさは……
何も見た目を飾ることが人生のすべてではないと思ってる。でも私に立ちはだかる『就活』という大きな壁に立ち向かうための大きな武器、いや防御? 保険? お守り? として、やはり必要だと思うのだ。

日常的にやるやらないは別としても、基本知識があるのとないのとでは全然違う。
だってほら、善は急げで一式揃えてみたけど正解がまったくわからない。検索すればメイクに必要なものはわかったけど、私に似合う色は書いてなかった。
テーブルの上に広げたコスメを見ても、とりあえず一通りメイクしてみた顔面を見ても、未だに正解はわからない。途方に暮れる私をフォローするように、ひかるくんはコスメの色を褒めてくれた。

「かわいいもんね、全然変じゃないよ」
「本当にそう思ってる?」

奥歯に物が挟まったような言い回しにどうしても懐疑的になってしまう。自分から「教えて下さい」と頼んだわりにこんな態度取るなんて、我ながら最悪だな。スタンドミラーに映って見えた私の顔は沈んでいた。
よく考えたら一人で買い物なんか行かなきゃよかった。最初からひかるくんについてきてもらえばもっと明るい気持ちでメイクに挑めたんじゃないかと思う。

「変じゃないっていうのは本当! 一度くらいは自分の好きなモノ試した方が楽しいし、少しずつ納得できるのを探していくのが良いと思うよ」

ひかるくんは優しい。優しいけど、今はそんなことを言ってる場合じゃないのだ。

「お願いひかるくん! ビシッとバシッとダメ出ししてください!」

土下座に近い勢いで頭を下げると、ひかるくんは目をまん丸くして驚いた後ににっこり笑って優しい声で「わかったー」と言った。
おもむろにスマホを操作してから私に寄り添うと、二人でその画面を覗き込む。コスメブランドのアイテム紹介のページには、カラーサンプルが並んでいる。

「今のナマエちゃんも変じゃないと思うけど、もっと似合う色があるかなって思った。例えば健康的な印象にしたいならこの色が良さそうだし、こっちの色ならかわいい印象になるかな」
「こんな色つけて平気かな!? 派手じゃない!?」
「これに抵抗があるならー…… こっちでもいいと思う!」
「すごい」

こんな短時間でこんなにいくつも提案してもらえるなんて。急いで自分のスマホを取り出して画面の写真を撮らせてもらう。写り込んだひかるくんの指、爪の形がすごく綺麗だった。ささくれひとつない綺麗な手。

「ひかるくん、やっぱり詳しいんだね。アドバイスお願いしてよかった」
「バイト先でお話することが多いんだよね。僕自身は基礎化粧品しか使ってないから、僕の話を鵜呑みにしないでちゃんと自分で試してね」
「う、うん……」
「あ! 今度一緒にコスメカウンター行こうよ」
「えっいいの!?」

神の救いの一言に、思わず飛びつくようにしてひかるくんの手を握ってしまった。慌てて離して「ごめん」と言うと、ひかるくんはまた驚いて目を丸くした。
本当はコスメカウンターに行けば一発で解決したんだろうなってことはわかっていたけど、すっぴんがデフォルトの女にとってコスメカウンターほど恐ろしい場所はない。どんな顔して歩けば良いのかすらわからないのに。

「コスメカウンター行く前に渡したいものがあるんだけど」

そう言ってひかるくんがバッグから取り出したのはコスメブランドの小さな箱で、開封して出てきたのはキラキラのアイシャドウだった。

「ナマエちゃんに似合うかもって思ったら、買っちゃってたんだよねー」
「えっ」
「僕が好きで買っただけなんだけど、よかったら貰ってくれる?」
「そんな、悪いよ!」
「ナマエちゃんに貰ってもらえないと、使う人がいなくなっちゃう」
「あり、ありがとう……」

こんな高そうでかわいらしいものを……
コスメカウンターに行くよりどんな顔していいかわからない。嬉しいし緊張するし、動悸も激しくなってきたし。じっと見つめていたアイシャドウから少し目線を上げれば、お人形さんみたいに綺麗な顔が私に温かい眼差しを向けていた。
微かな西日に照らされたひかるくんはとても地上の生き物とは思えなかった。天使。

「今つけてみてもいい?」
「ひかるくんが!?」
「あはは、なんで。違うよ、ナマエちゃんに。つけて良かったら目つむってみて」

本当にいいのだろうか。
ゆっくりとまばたきをすると、ひかるくんにフェイントをかける形になってしまった。ひかるくんは「あー」と言ってくすくす笑っていた。ずるすぎる。なんだこのシチュエーションは。
ひかるくんのことを直視できなくなったという言い訳を手に入れた私は、思い切って瞼を閉じる。
メイク落としシートのひんやりした感触。そして少しの間の後、多分、ひかるくんの指先が私の瞼の上を何度か触って離れていった。

「できた!」

ひかるくんの言葉を合図に目を開けると、鏡に映った私は確かにさっきより好印象に見えた。

「色味が違うだけでこんなに印象が変わるんだ……」
「気に入ってもらえるといいな」

気に入るに決まってる。色だけじゃない。シンプルなのにかわいらしいフォルムのパッケージは、かわいすぎる物が苦手な私の好みにピッタリだった。

「もちろんだよ、ありがとう。大切に使うね」
「よかった」
「すごいな、ひかるくんは。人に似合う色がわかるんだね」
「それは、ナマエちゃんだからじゃないかな」
「私ってわかりやすいの?」

どこをどう見たら似合う色がわかるとか、そういうコツも教えてもらえたらいいんだけどな。でもそういうのはセンスもあるだろうから私には難しそう。
そんなことを考えてたら、ひかるくんがポーチからリップのようなチューブを出して指先に乗せ、私の唇をなぞった。

「僕がナマエちゃんのこと、見すぎなのかも。……ね、見て。グロスつけるのもかわいいよ」
「そう、かな」
「うん。かわいい」

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