今日ほど私の人付き合いの悪さが役に立った日はないのではないだろうか。
自分の運の良さに思わず飛び跳ねそうになった。
「い、一条! ……だよね?」
「……誰だよ」
思いきり訝しげに睨みつけられたけれど、内心それどころではない。同窓会の唯一の目的、一条にこんな所で遭遇するなんて。
一縷の望みに賭けて高校の同窓会に参加してみたものの、そこに一条は居なかった。
コース料理と嗜む程度のお酒を飲んで、すぐに帰路についた私の選択は間違っていなかったのだ。
「ナマエだけど、忘れちゃった、かな」
「ナマエ? ……ナマエ、」
ああ、多分完全に忘れられている。
明らかにクエスチョンマークを浮かべながら思案する様子が、むしろ笑えた。どうせ今日同窓会があったことすら覚えてないんだろう。
興味も、ないかな。
「飲みに行きませんか!」
「ハァ? ナンパかよ」
「同級生なんだからナンパじゃないです」
「悪いけどまったく覚えてないから」
「じゃあ思い出してもらうから、飲みませんか?」
「お前結構しつこいな」
せっかく掴んだこのチャンスを逃すまい。私の横からすり抜けようとした一条に立ちはだかって進路を妨害した。
一条は面倒くさそうに私を見てから、溜息をついて肩を落とす。
「どこ行くんだ」
「えっ、いいの!?」
「1杯だけな、店決まってないなら勝手に行くぞ」
「是非!」
意外と良いやつな所は高校時代から変わっていない。
高校時代も私の図々しいお願いを、しつこい、うざい、と嫌そうな顔で文句を言いながらも聞いてくれたものだ。
あれほど一条の手を煩わせたのに、忘れられてしまうものなんだな……
先を歩く一条の背中は、あの頃と違って随分しっかりしていた。よく見ればなんか良さげなスーツ。
卒業してからの一条のことは何も知らない。唯一知っていることと言えば、行きたかった大学を諦めたことだけ。
理由は教えてくれなかった。
「えっ、ここ!?」
「なにか問題でも」
「いや、問題っていうか……」
てっきりその辺の居酒屋のような大衆的な飲み屋に行くかと思っていた。
まさかバーに案内されるとは思いもよらず、動揺が隠しきれない。しかもちょっとお洒落で、絶対デートとかで来るような場所だ。
「めかし込んでるようだし丁度いいんじゃないか」
鼻で笑いながら頭のてっぺんからつま先までなぶるような視線を向けられ、顔から火が出そうだった。
同窓会で一条に会ったとき用に気合いを入れすぎた服とメイクは、明らかに普段の私と違いすぎる。
硬直する私を尻目に、一条はカウンターの端の席まで行って腰を下ろしていた。
呆れたように手招きされて、急いで隣に座る。
「今日の私、変かな」
「そもそも普段のお前を知らないが、態度は挙動不審だな」
「だってそれは一条が」
「顔と服は似合ってる」
「え!!」
一条に褒められた!
褒められたんだよね?
多分そうだ。
よかった!
ありがとう行きつけのヘアサロンのお姉さん!
私は今天にも昇るような気持ちです。
「やだ、恥ずかしい、てへ」
「……お前のこと思い出したよ」
「本当!?」
「今のむかつく顔で思い出した」
「むかつく……」
一条はにやりと笑った。
ただ照れ隠しに笑っただけの顔をむかつくと思われていたとは。知りたくなかった事実を知るのは思いのほかショックだ。
適当にカクテルを注文し終えると、ジロジロと観察するような視線が刺さる。
あの頃よりずっと近い。
ふと視線を下ろした先、すぐ近くに一条の手があって少しドキドキした。
きちんと手入れされているきれいな手。
でもあの頃よりも明らかに歳を重ねている。
ちらっと覗く時計はロレックスだった。
びしっと着込んだスーツも似合う。
髪は随分伸びたみたいだけど、それも似合っている。
ワインレッドのシャツに白のネクタイなんて、なんの仕事しているんだろう。
それともプライベートだろうか。
いつの間にか私もジロジロと一条を観察していて、そのうちにバチッと視線が合ってしまった。
「大人になったな」
「お互いさま」
「ところでお前、彼氏に振られたのか?」
「なんで?」
「その格好デートだろ」
やっぱり覚えてなかった。
私が同窓会のことを伝えると苦虫を噛んだような顔をして、ああ、と呟く。
一条はもう同窓会には来ないんだな。
きっとこれから先、こんな偶然がなければもう二度と会うことはできないのかも知れない。
「いま、なんの仕事してるの?」
「店長」
「すごいね! なんのお店?」
「俺のことなんかどうだっていいだろ、お前こそ何やってるんだ」
「私はただの事務だよ、普通の」
思えば高校を卒業してから何の変化もない。
彼氏ができても違和感を覚えてすぐに別れてしまった。当然結婚なんて視野にも入らないし、かと言って昇進目指してバリバリ働くというわけでもない。
かっこいい服を着て、当然のように小洒落たバーに入って、当たり前に店の雰囲気に馴染んでいる一条。
そしてその隣には慣れない服と馴染まないメイク、挙動不審で不釣り合いな私。
私は本当に今日一条に出会うことが幸せだったのかな。
「へえ、まあ元気そうで何より」
「一条もね」
あの頃にちゃんと告白していれば違った今があったのだろうか。
私と一条の間には、もう決定的な溝がある。
今更近づいた所でもうなにもかも遅いという現実を突きつけられただけのような気がした。
「……一条は結婚してるの?」
「してたらお前と飲んでないだろ」
「そういうの弁えるタイプだっけ」
「お前の減らず口は持病か?」
辟易した表情を向けられたけど、てへ、と笑うのが精一杯だった。
一条が結婚していないことが素直に嬉しいと思えなかった。
結婚さえしていればすんなりと諦めがついたのに。
「お前は相変わらず孤立してるんだろう」
「そんなことないけど」
「デートの相手くらい作っとけよ、腐るぞ」
一条はカクテルをごくりと飲み干すと、コースターに電話番号を書いて私に差し出した。予想外の行動で不覚にも胸が高鳴る。
かちっとした神経質な文字はあの頃と同じだ。
「飲んでる途中で悪いが、そろそろ行かせてもらう」
「えっ、あの、これ」
「まあ好きにしろ」
「それはどういう」
私の質問には答えずに、一条は会計を済ませた。
さりげなくご馳走になってしまった。
一体なんのつもりで私にこんなものを渡したのだろう。あまつさえ会計まで持ったりして。
コースターと一条を交互に見ても答えは出ない。
「先に言っとくけど、今日のお前グロス塗りすぎだからな」
「えっ」
意味深な言葉を残して一条はバーを去った。
ふんわりと一条の香水が香る。
ちびちびと飲んでいた私のカクテルグラスには、唇を写したグロスがぺたりとついていた。