骨ばった長くて綺麗な指が、私の中指に丁寧に絆創膏を巻いた。そのまま絆創膏の上に重なり、患部を温めるように包み込む。
「不器用だ不器用だとは思っていたけど、“猫の手”作って皮を削ぐとは」
「すみません、せっかちで」
「もう二度とお前に料理はさせないから安心しろ」
「いや、さすがにそれはちょっと……」
たかが切り傷ひとつにこうまで真剣な眼差しを向けられると、今まで料理をしてこなかった過去の私が恨めしい。
あーあ、本当は「意外と料理できるんだな」という反応を期待していたのに、まったくそれどころではない結果になってしまった。いつか「ご飯できてますよ」なんて出迎えるのが夢だったんだけどなぁ。
そっと樹さんの手が離れていくと、モイストヒーリングの絆創膏の中央がうっすらと白くなっていた。
「練習して上手になりたいんです」
「怪我しないって約束できるか?」
「善処はしますけど」
「なら慣れるまで俺と一緒だな」
それはそれで申し訳ないんですけど。
過保護すぎる彼は、私を監督するのなんか当然のことだと言わんばかりに優しい表情で手を握った。
「ナマエが傷つく姿を見たくないんだ」
お、大袈裟すぎる……
大事にされているのはとってもとってもよくわかるけど、こんなのサプライズで夕食なんて作ったら「どうして俺のいない所で刃物なんか握ったんだ」と言い出しかねない。
「でも、私の料理で樹さんに喜んでもらいたいです……」
「ナマエ……」
こんな整った顔立ちの中でトロンととろけるように潤むくすんだ青色の瞳に見つめられて、どうにかできる女がこの世に存在するのだろうか? いやいない。息を呑んで見つめ返すか、せいぜい視線を逸らすのが限界なはずだ。
今までしていた話が全部うやむやに消えるような、甘い空気にほだされそうになる。
だ、だめだめ!
もう何度も経験しているこの空気。いつも飲まれてしまうけど、それではいつまでも樹さんに甘えっぱなしになってしまう。
このままでは永久に“料理のできない女”のまま。
「だから!」
「急に大声出したらびっくりするだろ」
「あ、ごめんなさい。えっと、樹さんの気持ちはありがたく受け取ります。でも、料理できないと…… あ、ほら、子供ができた時とか困るじゃないですか」
「お前そこまで……」
「いやっ、あっ、えーっと」
大袈裟になってしまった話が今更小さくなるはずもなく、涙すら浮かべそうになっている樹さんに抱きしめられた私は言葉を失ってしまう。
結局このままほだされてしまうのが私の常で、その広い背中に両腕を回せばなにか偉業でも成し遂げたかのように樹さんは私を褒め、形の良い唇が私の口を塞いだ。
「こ、今回ばかりは譲れませんよ! 絶対に作ります!」
「頑固だな」
「樹さんのそばで成長したいんです」
「お前がそんなかわいい事ばっかり言うからこんなに過保護になるんだぞ?」
「人のせいにしないでください」
わざと機嫌を損ねたように口先を尖らせてみれば、樹さんはシュンとしょぼくれたようにしてそっと絆創膏の貼られた私の手を握った。
「わかったよ、続きを作ろう」
「樹さん! 好きです」
「先にベッドがいいか?」
「キッチンにしましょう」
「積極的だな」
「違いますよ、料理するんですよ」
「……まあ、運動は食後でもな」
なんだかんだ言っても結局は私に甘い樹さんが折れてくれるのだ。樹さんのそういう所が好きだ。そういう所が、私達の駄目な所なんだろう。……いい所かも。
最後の言葉は聞こえないふりをして、その手をひいてキッチンに向かえば、過保護ながらもきちんと指導してくれるのだ。
「樹さんって本当に私のこと好きですよね」
「お前が俺のこと好きだから仕方ないな」
閉口する私の隣で嫌味なく笑う樹さんは、まるで王子様みたいだった。