この世にオレよりもクズがいると思わなかった。
いや、いるのは散々見て知ってたけど、あんな底辺じゃなくて普通の人間としての話。しかも悪い方のクズじゃなくて、バカな方のクズだ。
オレだって(完全に自業自得なのは承知の上だが)ジリ貧でくさくさしながらギリギリで生きてるというのに、なんでオレがこいつの面倒みなきゃいけないんだろう…
まあ、オレが招き入れたんだけど。でももっと早くどっか行くと思ってたし。
「カイジお腹空いた」
「お前もさ、ちょっとは働こうとか思わないの」
「働きたくない」
「メシだってただってわけじゃないんだぜ」
「でもここにいると出てくるから」
「それはオレが買ってるからだろ」
「カイジ、いつもありがとう」
「どういたしまして」
って、そうじゃねえだろ。
お前も働いてせめて食費分くらい金よこせ。
と、ストレートに言えたらどれだけ気が楽だろうか。
ナマエは今日も一日中ベッドの上でごろころしていたらしい。バイトの夕勤から帰宅すると、ベッドの上から一歩も動かずオレに飯をねだった。
ナマエが住み着いて3ヶ月間、大体毎日こんな感じだ。
「……弁当食う?」
「食う!」
「はー、自分で温めろよ。オレ、風呂」
廃棄でもらった弁当をふたつナマエに渡してユニットバスに向かう。廃棄のでも嬉しそうにしているのを見ると、なんとも言えない気持ちになった。あいつもちゃんと働けば、もう少しまともな飯が食えるだろうに。
ナマエが不思議なのは、オレにたかる気満々のくせに贅沢は言わない所だ。年頃の女ならもう少し色々あるだろとオレが心配になるほど「現状で良い」という。
……変な女。
服を直接洗濯機に脱ぎ捨てて、シャワーの蛇口を捻ってお湯になるのを待つのだが。これ、お湯だわ。ナマエ、今日も給湯器切り忘れてる。
「はーあ……」
どうせさっき入ったばかりだろうからいいけど、少しは気遣えよ…… いやでも女ひとり養えないオレが甲斐性なしなのか?
……そもそもそんな関係じゃないっていうのはかなり重要なことだ。オレがそんなこと悩む必要ナシ。
それはともかく、現実問題としてそろそろ体が限界だ。ナマエにベッドを占領され、三ヶ月間畳で雑魚寝している俺の体はそこらじゅう悲鳴をあげている。
シャワーのお湯が体に沁みるぜ。あー、せめてマッサージとか、してくれないかなあ。
烏の行水と言わんばかりに全身をザーッと洗って一気に流す。一日が終わる、って感じだ。風呂から出たら冷えたビールと枝豆なんかがあって、ナマエが夕飯でも作ってくれたら最高なのに。
「カイジ、お弁当おいしいよ、当たりのやつだね!」
「よかったな」
風呂から上がると、ナマエはようやくベッドから降りて廃棄の弁当を食べていた。あまり嬉しそうにしているものだからついこっちの顔も綻んでしまう。
やっぱオレ、ナマエのこと嫌いになれねえなあなんて思ったりして、さすがに自分に呆れる。
「そうそう、友達が馬当てて明日お酒奢ってくれるって、カイジも行く?」
「いや、知らない人だし……」
行けるわけないだろ、仕事あるし。
弁当を食べながら携帯を弄っているナマエはオレにもうひとつの弁当を渡しながら、ええー、とか言って笑っている。
……今更だけど、ナマエの携帯って誰が払ってんの。貯金切り崩しながら生活してるのだとしたら、尚更早く仕事探した方がいいに決まっている。
「つーかその携帯誰の?」
「え? 私のじゃん」
「そうじゃなくて、誰が金払ってんの?」
「あー、多分彼氏ー」
「は!?」
彼氏いんのかよ!!
おいおいおい、バカバカバカ、なんだこの女、こわ!
三ヶ月目にして衝撃の告白に目が点になるどころの騒ぎではない。言いたい事は山ほどあるが、とりあえずうちに居るのはまずいんじゃないか?
「おま、出てけよ!」
3ヶ月言いたくても言えなかったことがこんなにもすんなり言えるなんて。動揺しすぎて少しきつい口調になったかもしれない。
「でもずっと音信不通だし、多分契約してるの忘れて払い続けてんだよ、バカじゃない? アハハ」
バカはお前だろ!
これは言えなかった。
これも三ヶ月ずっと思ってたけど。
「いやバカっていうか、おまえ……」
「あ、ごめん、彼氏っていうか元カレ元カレ!」
「はあ?」
「勘違いさせたよね、ごめんね、今はカイジしか好きじゃない!」
「ハアアア?」
謎の弁明を続けるナマエに、今まで出したこともないような声が出た。オレもこんなふうになることってあるんだな、って、ちょっと冷静に思う。
「そういう冗談言う場じゃねえだろ、彼氏いんのにホイホイ男の家なんか上がるなよ!」
「だからもう別れたってば、ちゃんと捨てられたよ、カイジと会ったとき私携帯しか持ってなかったじゃん」
「……まあ、……たしかに酷い有様だった」
めちゃくちゃ泣きじゃくられて何言ってるかわかんねーし、ここで死ぬだのなんだの大騒ぎして大変だった……
あの時は理由なんか聞いてられる状態じゃなくて、とりあえずなんとかあったかい風呂と飯を与えて落ち着かせることに必死で、まさかこんなことになるとは想像もしていなかった。
あれは男に捨てられて暴れていたのか。
納得といえば納得。
……これだけ同居人に依存しきった生活しかできないのなら、ほぼ裸一貫で追い出されりゃ発狂もするわ。
「ね、大丈夫、あいつがバカなおかげで私携帯タダで使えるだけだから!」
「……そうかよ」
けどいい機会だ。
いつまでもこのまま置いておくのはオレが無理。
ベッドで寝たいし、久々に友達呼んで博奕したり安い酒飲んだりしたい。
ナマエが住み着いてるせいで彼女もいないような野郎ばかりを呼ぶわけにもいかず、放置してパチンコ行くわけにもいかず、オレは今かなり真面目モードしすぎている。
……まあおかげで貯金は少しできたけど。
「ていうか、さ、ナマエ、いつまでいんの……?」
ついに訊いた!
一ヶ月を過ぎたあたりから何度も訊こうとしていたことを!
「え……?」
「え?」
「出ていかなきゃだめなの?」
「そりゃあ、だって、オレはお前の彼氏とかじゃねえし今の生活結構きつくなってきたし……」
「いやだ!」
いやだ、ってお前……
ナマエは一瞬泣きそうな表情を浮かべてテーブルに突っ伏した。
うわ面倒くせえ。
わかってはいたものの、やっぱこうなるか。
「なあわかってくれよ、オレも毎日ベッドで寝たいしさ」
「一緒に寝ればいいじゃん」
「無理に決まってんだろ!」
「嫌なの」
「嫌っていうか、……そういうことじゃねえ!」
「ムラムラする?」
気がつけば突っ伏した顔が少し持ち上がって、隙間からチラッとこちらを覗いているのが見えた。
なんて女だ。
オレだって男なんだからそれなりに性欲だってあるし、ていうかナマエのせいでオナニーすらできないんだから溜まってるに決まってるし、同じ布団でなんか寝られるわけないだろ。
ナマエはそれなりにかわいいと思うし、あんまり意識しないようにしてたけどサイズの合わないオレの服を着ているせいでいろんな所が見えそうだし、……つまり要するに意識すればすぐ勃っちゃうだろという話だ。
「そ、そんなこと」
「とりあえず寝てみたら?」
「はっ、あ、バカ!」
ナマエは突然立ち上がるとオレの腕を引っ張って、ふたりでベッドになだれ込む。
咄嗟に背を向けたにも関わらず、ナマエがオレの方を向いて密着してくるからなんの意味もなかった。
「どう?」
「や、やめろ!」
もう何回も言っちゃってるけど本当にバカ。
後ろから回された細い腕がオレの股座をまさぐり、あろうことか半勃ちのちんこを鷲掴みにした。
何考えてんだよ!
流されてる。
雰囲気とナマエに流されてる。
……本当はやりたい。
こんなの言い訳でしかないけど、本当に溜まってたし、同じ石鹸と洗剤使ってるはずなのになんかいい匂いするし、背中に胸当たってるし。しかも今は触られたりして、半勃ちどころかギンギンになりつつある。
ほんとオレってバカ。
「カイジって私のこと好き?」
「……」
わ、わかんねえ……
鷲掴みにされたそれをおっ勃てておきながら情けないが、好きかどうかなんてわからない。考えたこともないし。
「私カイジが好きだよ」
「それなんなんだよ本当、変な冗談やめろ」
「冗談じゃないよ、好きだよ」
首元にナマエの柔らかい唇が触れて震えた。聞いたこともない蕩けたような声出しやがって……
多分オレが今後ろを向けばきっとキスだって拒まれないし、そのままセックスする流れになるんだろう。溜まりに溜まった性欲の捌け口としては据え膳にも程がある。食わなきゃ男の恥なのか。
……けどやっぱ無理!どうせ据え膳なら好きとか言う女は無理!
「……せ、性欲と、好きを混同しちゃ、ダメだろ、」
「……」
「好きになったら好きって言うし……」
「え、本当に?」
「あ、ああ、言う、」
よくわかんないけどナマエがそう言うなら考える。
……まあ、飯作ってくれたら嬉しいとか思ったり、ナマエが喜ぶ顔想像して菓子買ったりしてたし。嫌いじゃないのは本当にそうだし。
「……はああああ」
「えっ、なんだよ」
「私カイジのこと好きだから性欲も高まりすぎてマジで今すぐしたいけど我慢するわ」
「お前女なんだからもうちょっと慎めよ……」
「セックスしよ」
「し、しねえよ!」
叱るように軽くナマエの手を払うと、諦めたようにその手は胸を抱き寄せるように添えられた。
首元から唇が離れていって背中に額がぐりぐりと押し付けられる。なんか猫でも飼ってる気分。
「さっき我慢するって言っただろ」
「じゃあさ、毎日一緒に寝てくれる?」
「はあああ? 嫌だ」
「なんで!」
「ムラムラするからだよ、悪いかよ!」
「セックスする?」
「だからしねえよ!」
猫に失礼だった。そういえばナマエはバカなんだった。
何度もループする会話に頭が痛くなりそうだ。後ろでキャーキャー騒ぐナマエの話を適当にスルーしていると、なんだかぼんやりしてきた。
ベッドって寝心地いいんだなあ。最安値で買ったベッドと布団でも、畳に雑魚寝に比べれば天国だ。さすがだなあ、寝具。
カイジ、好きだよ
もう何度目かわからないナマエの告白を聞きながら久しぶりのベッドで意識を飛ばした。