カイジ|蚊帳

バイトから帰ってきたカイジは、私に「ただいま」と言って小さなコンビニ袋を差し出した。

「おかえり、なにこれ?」
「あ、クジ引いた客が要らないから、ってくれたから」
「アイス?」
「ナマエと食べようと思って」

私がその袋を受け取ると、はにかんだような笑顔を浮かべてから「手洗ってくる」と告げて洗面台に向かって行った。
仕事帰りにスーパーで買った食材を冷蔵庫にしまうついでに、カイジのアイスは冷凍庫にしまう。
そうめんと、天ぷらと、おひたしと…… あと何かいるかな。 夕飯の献立を考えながら準備を進めていると、リビングに戻ったカイジは扇風機のスイッチを入れて涼を取った。

「夕飯そうめんでいい?」
「ああ、なんでもいい!」
「わかった」

カイジはいつもなんでもいいと言う。なんでもいいと言うのをわかっていて、私も聞いている。一度お菓子で良いか聞いてみたら、お菓子でも良かった。
いつからカイジにただいまと言われて、おかえりと返すようになったのか、いまいち思い出せない。気がついたらなんとなく住み着いていて、なんとなく同じ布団で寝ていた。
洗面台には当たり前のように歯ブラシが2本立ててある。

「薬味は?」
「うーん、……ねぎある?」
「あるよ、しょうがは?」
「すこし」
「りょうかい」

きっかけはなんだったかな。私の逆ナンってことになるんだろう。
あまりにもしょぼくれた顔をしてコンビニのビールコーナーの前でうろうろしているから、好きなの買ってあげる、と声をかけた。
たまたま仕事で少し大きめな結果を残して気分が最高潮でなければ、あんなことしなかったと思う。ましてやその後一緒に家で乾杯するなど、有り得なかった。

「もうすぐできるから、テーブル片付けてね」
「わかった」

あれからカイジがうちに来る頻度が高くなって、多分今は住み着いてるんだと思う。
多分、というのは、カイジの意思確認をしたことがないから正確にはわからないということ。
時々ふらっといなくなり、しばらくするとまた戻ってくる。戻ってくるってことは、住んでるってことなんだろう。
大怪我してたり大金抱えてきたり、常識的に考えたらヤバイ人って感じだけど、直感的にはそんな気がしない。

「お待たせしました」
「いただきます!」

ちゃっかりカイジ用の箸まで用意してしまって、私はこの生活を楽しんでいる。
うまい、と言いながら私の作ったごはんを頬張るカイジを見ていると、ご褒美をもらった気分。今日も仕事頑張ってよかったな、ごはん作ってよかったな、などと感じる。
どんな食事も毎回きちんと完食してくれる。いただきます、おいしい、ごちそうさま、を、毎回言ってくれる。今日もきちんと完食して、食べ終わった食器を洗ってくれた。
それだけでなんとなく幸せっぽい気分になるのだ。
私にとってカイジとはなんなのだろう。
カイジにとって、私とは?

「そういえば、あれ何?」
「ああ、蚊帳だよ」

カイジの視線の先には、和室の布団を覆う天蓋のような白い布。昨日ホームセンターで見かけてつい買ってしまった蚊帳だった。
この部屋にカイジが住むようになって、生活費も馬鹿にならなくなってきた。節約の役に立つかと思えば、無駄遣いでもないだろう。

「初めて見た」
「私も初めて使う」
「ラブホみたい」

……たしかに。
中に入ったら、きっとまるで天蓋なんだろう。
カイジは冷凍庫からさっきのアイスを持ってくると、私の隣に座った。当たり前のようにスプーンはひとつ。

「味選べなくて」
「好きだよ、バニラ」
「よかった」

先食べて、と渡されて、少し残念。
まだ固いアイスの表面を、ちびちびとスプーンで削り取りながら口に運ぶ。カイジは物珍しそうに蚊帳を見ていた。
カイジはまたふらっといなくなってしまうのだろうか。
いつかそのまま帰ってこなくなるのかな。
そもそも、別にここはカイジの家ではないわけだし、ただいつでも出入りできるってだけで。

「寝るときまで開けちゃダメだよ」
「うん」

そんなに興味を持ってくれたなら、買ってよかった。
ふいにこちらを向いたカイジと目が合う。無意味に見つめ合うとさすがに少し恥ずかしい。

「ナマエ?」
「なに?」
「なんかあった? その、なんか、泣きそうだから……」
「えっ? なにもないよ?」

極めて普通にいつも通りの私だけど、カイジにはそう見えないのかな。
眉間にしわを寄せた不安そうな顔で見つめられたら、本当になんかあったような気になっちゃう。
突然手を握られてびっくりした。洗い物をしたあとのひんやりした手が心地よい。

「ナマエ、今日はくっついて寝ていい?」
「どうしようかな、」
「いやだ?」
「うーん、……いいよ」

カイジといる時間は、今までの私からみたらきっとまるでおとぎ話だ。
こんな無茶苦茶な人とよくわからない関係で一緒に暮らして、あまつさえ永遠に続けばいいと望んでいる。

「アイス、ひとくちちょうだい」

口を開けて待つカイジに、アイスをすくってあげた。
カイジが閉じる唇にスプーンが触れると、私の胸は少しキュンと高鳴った気がした。

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