新堂さんと聴診器を巡る攻防

ひどく苛立つ様子でいつもよりも3割増しに深くした眉間のシワを震わせ、新堂さんが私を睨んでいた。

「いい加減にしろ」
「むっ、無理ですぅ、平気ですうう……」

布の隙間からその様子を覗いていた私はというと、あまりの恐ろしさと羞恥心に全力で布団を引っ張った。といっても高熱で意識もままならないような病人の力だもの、大した力は込められていない。
あんなに不機嫌になりながらも無理矢理剥がしにかからない新堂さんはやっぱり紳士だ。

「お前の身体など興味はない」
「なら放っておいてください……」
「九条に前金をもらっている」
「なっ……」

九条さん、なんていい人なの!!
いや、いい人だけど! たかが使用人の分際にこんな法外な治療費をふっかけてくるような闇医者なんか宛てがわなくてもいいのに……!
しかもなにも週に一度も二度も顔を合わせる相手に頼まなくても……
九条さんはめちゃくちゃいい人だけれど、今はその気遣いが少々息苦しく感じてしまう。そんな自分に自己嫌悪。確かに使用人だし迂闊に家を空けるわけにはいかないし、そうなると訪問医の新堂さんを頼る選択肢がベストである点は否めないけれども?
診察となればそれはもちろん体温を計られたり体内のいろんな音を聴かれたりするわけであって。うう、頭がぼんやりする。

「そういうわけだからいい加減諦めろ。もう一度言うが、お前の身体には興味がない。ましてや患者の身体に反応などするわけがあるまい、医者だぞ俺は」

ドスン、と衝撃音が聞こえ、そっと布団を押し下げてみればソファに腰をおろして盛大にため息を吐いた新堂さんがこちらを睨んでいる。
さっきから「興味がない」と連呼されているけれど、それはそれでショックなのだ。

「なんでそんなこと言うんですか、落ち込むんですけど」
「お前はなんだ、どうしたいんだ」
「新堂さんではないお医者さまに診てもらいたいです」
「はあ?」

ああっ、新堂さんが怒っている。本当に怒ると人は無表情になるのだなあ。熱で溶けた頭で考えるのはそれが限界だった。

「俺の腕が不服だって? それとも俺個人が気に入らないと」
「そんなこと、言ってな」
「……」
「……」
「……おい? ナマエ、おい」

さっき騒ぎすぎたせいだろうか。もはや私に抵抗する力など微塵も残っていない。40度近い熱であれだけ動けたのが奇跡だった。
早く声を出したいのだけれど、なんだかうまく喉が動かないのだ。
新堂さんはまた眉間にシワを寄せて私の顔を覗き込む。薄く開いたまぶたの隙間から見える彼の顔は、相変わらず端正で寸分違わず私の好みにドンピシャのイケメンだった。
素敵。この熱、半分くらい新堂さんのせいなんじゃないの。

「触るぞ」

一言そう断ると、新堂さんの大きな手のひらが私の額に触れた。
えっ、ちょっと、私の汗でびっちょびちょなんじゃ…… でも、ひんやりとして気持ち良い。

「……なあ、別に職権乱用するわけじゃない。正規に職権を行使するだけだ、いいな」

多分私の耳に届くように。はっきりとした声でそう告げ、新堂さんは私のパジャマのボタンを二つ外して脇に体温計を差し込んだ。数秒後にピピッと電子音が鳴れば、細い先端が抜き取られていく。

「おい、また上がってるじゃないか」

チッと舌打ちが聞こえる。また怒ってるのかな。あんなに抵抗しなきゃよかっただろうか。
でも、片思いの相手に服の中に手を突っ込まれて平気な女子など、この世に存在しないと思う。
まあこうして私の抵抗も虚しく開かれた胸元から手を入れられて聴診器をあてられているわけだけど。恥しか無い状況に、意識を失えたらどれほど楽かと思った。抵抗しなければこんなに胸元を暴かれることもなかったかも知れないと思うと悔やまれる。
ぺたりぺたりと皮膚を這う聴診器の面は、やがてそっと離れていった。

「酷い症状は熱だけだな。しばらく休んでいれば治るだろう。宮瀬に薬を渡しておく」

ひとつも返事をしていないのに、新堂さんは丁寧に診察結果を言葉にしてくれる。
胸元を閉じて布団をかけ直した彼は、手持ちのカバンの中からいくつか小袋とメモを取り出し、まとめてひとつの紙袋に入れる。薬だろうか。
そこでまぶたの力に限界を感じ、諦めて目を閉じれば一気に夢の世界に引きずり込まれそうになった。

「……これは、職権乱用かもしれないが」

ぼそりとつぶやくような小さな彼の声がもうずっと遠くの方で聞こえる。
その次の瞬間、頭に何かが触れてすぐに撫でられているのだとわかった。

「なるべく早く、治ってくれよ」

押し黙ってベッドに沈み、まぶたを伏せて肩で息をする私がここまでぐるぐるとあなたへの思いを巡らせているなんて、思いもよらないでしょうね。
その言葉を聞いていることも、本当は微笑みかけたいと思っていることも。

「お前の苦しそうな顔はできればあまり見たくないが、他の医者に診せるなどもってのほかだろ?」

優しい手のひらが離れ、大好きな気配も去っていったとき、いよいよ私も本格的に意識を手放す。
夢か現実か曖昧な所で聞いた温かい言葉が何度もリフレインしていた。

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