九条さんと真夜中の使用人見習い

いろいろあって知り合いの伝手(ツテ)からこのお屋敷にお世話になるようになって三ヶ月ばかり、毎日ここで寝泊まりしているだけあっていろいろな事に慣れてきた。
宮瀬さんは優しいし、桐嶋さんは頼りになるし、新堂さんは…… 特になんということもないけれど、カナメくんは弟ができたみたいでとてもかわいい。
しかし問題は当主である九条さんだ。いつも自室にこもっている事が多い上に、朝晩は宮瀬さんと話しているし、接点もありまりない。
そんな私に、明日の朝九条さんを起こす係などできるのだろうか?
しかし病に倒れた宮瀬さんの代役ができるのは私しかいない。だってカナメくんはおろか桐嶋さんまで倒れているのだ。二人とも38度後半の熱を出すなんて。この屋敷に常駐している人間で唯一健康体と言えるのは私だけだ。
明日新堂さんが東京に帰ってくれば、きっと三人もよくなってくれるだろう。

「はぁ……」

病に臥せる三人のこともとてもとても心配なのだが、やはり一番の問題点は明日私ひとりでなんとかできるのかということ。
朝一番のミッションは全員分の朝食作り。それは大丈夫だ。宮瀬さんのレシピノートがあればバッチリ。
その次が九条さんを起こすこと。これが問題だ。
私は明日が心配すぎて眠れず、キッチンでお湯を沸していた。眠れない夜にカフェインを摂るなんて、宮瀬さんに叱られてしまいそうだけど、でもコーヒーでも飲んで一息つきたい気分なのだ。

「大丈夫かな……」
「二人が心配か?」
「はい…… それに私なんかが九条さんの役に立てるかどうか」
「もう大丈夫だろう、あなたは飲み込みが早いようだし」
「……え!?」

あまりにも自然に会話に加わるものだから普通に返事をしてしまった。
慌てて声の方を振り返ると、まるでさっきからそこにいたかのような佇まいで腕を組んでこちらに視線を向ける九条さんがいた。

「いやっ、あの、すみません、決して愚痴などでは」
「はは、気にするな」

九条さんて、そんな風に笑うんだ。あまり表情に出さないイメージがあったけれど、そうでもないらしい。
鋭い目つきがほころぶ様がとても…… その、かわいらしくて、でもそれを指摘するのはあまりにも畏れ多く、私は笑ってごまかすしかなかった。

「ところで九条さんはどうかしましたか? まさか体調が優れないとか……」
「いや、大丈夫だ。少し喉が渇いてしまって」
「あ!! すみません、私、水差しを忘れてしまいました」
「気にするな。こうしてあなたと話ができたのは良い収穫だった」

決して他意などないであろうに、私はとてもそんな風に軽く受け取ることはできずに軽く目を見張ってしまう。
何も言わないのも変だけど言葉が出ない。
微笑む九条さんと無言で見つめ合ってどれくらいか、コンロに掛けたポットがシュンシュンと湯気を上げる。
ほんの数秒だったかも知れないその時間はひどく長くて、あっという間に私の心臓は切れ長の目に奪われてしまったのだ。

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