出会った当初、君は俺のことを知らなかった。それなりに名の知れた俳優になってきた頃で、変に特別扱いしない君に俺はどんどん惹かれていった。
はずなんだけど。
「みてみてみて!」
「どうしたの?」
「コンビニくじで京介くんのクリアファイル当たったの、すごくない!? 一発だよ!?」
「……よかったね」
「うん!!」
……かわいい。俺が微笑むと、君は最上級の笑顔をくれる。
そんな君は俺がカメラに向けたキメ顔を見て、嬉しそうにそれをファイリングした。ファイルには『京介くん2019』とラベルが貼られ、丁寧に本棚にしまわれていく。その隣には俺が出演したドラマや映画のブルーレイが全作品並んでいる。
ついでに言えば、君の部屋であるこの部屋の壁には5人くらい俺がいた。
「はー、今回のコラボ最高だった…… あとうちわと缶バッジ当てなきゃ」
「事務所に頼めばもらえるよ?」
「京介くん!?」
「ん?」
珍しく語気を強めたナマエが俺をキッと睨む。睨んでいてもかわいいんだから、俺の彼女ってすごいなぁなんてのんきに感心してしまう。
「私は俳優・都築京介を応援してるんだからね? わかってる?」
「え、うん」
「わかってないでしょ、今の京介くんは私の彼氏」
「うん」
「課金は俳優・都築京介へのお布施。OK?」
「え、うん」
いまいち理解しきれないけれど、頷いておく。
俺の事なんか少しも知らなかった彼女は、いつの間にか立派な俺のファンに成長していた。付き合ったのが先か、ファンになったのが先か、その辺はナマエにはぐらかされて詳しくは知らない。
「来週からのドラマも楽しみ」
「楽しみにしてくれてありがとう」
ナマエは俺の仕事のことをまったくと言っていいほど聞いてこない。それが心地よくもあり、心苦しいときもある。
まさに今、心苦しい。
次のドラマは恋愛ドラマだ。俺が主演という時点で、展開は読めている。
「……京介くん? どうしたの?」
「うん? なんか、あんまり、どうしたんだろう、変な気持ち。次のドラマ、ナマエに見てほしくないな」
「えっ!?」
「いや、自信はあるよ、あるけど」
そこに恋愛感情なんかまるでないけれど、君ではない女性に甘い言葉を囁いたり、あまつさえ疑似とはいえキスをしたり、そんな姿を見られるかと思うと胸が苦しい。
しばらく恋愛系の作品から遠ざかっていただけに、君に見られたらどう思われるか想像できない。
過去の作品を見た君は作品の雰囲気に飲まれて一喜一憂していたけれど、あのときの俺はそこに彼女としての君がいたかどうかまで気づけなかった。
いつの間にかここまで君に惚れ込んでいたなんて、今気付いたよ。さっきナマエが言わんとしていたことがじわじわと身にしみる。
「今は、俺、ナマエの彼氏だし」
「……」
「彼氏だから、俳優スイッチがオフになっちゃったかな」
そういえば、俺の中に『俳優スイッチ』なんてものがあるって、気づかせてくれたのは君だ。
件の恋愛ドラマだってそうだ。俳優の俺はなんのためらいもなく演じられるし、今後も挑戦するつもりだってあるのに。
だけど君を前にすると、そんなことよりもなによりも、君が傷ついたりしないか、俺が嫌われてしまうんじゃないか、不安ばかり。
「京介くん」
声を震わせた彼女に抱きつかれ、ふと見上げれば眉尻を下げた顔と目が合う。困った顔も泣きそうな顔もかわいいのだ。
かわいいけれど、それでも悲しませたくはない。
「私はファンとして応援してるから。どんな京介くんも大好きだよ」
「うん、わかってる。ありがとう」
それ以上多くを語らない彼女の優しさが俺にはただ心地よくて、この甘い不安も痛みも全部、彼女と俺の一部なんだと思えばただただ愛しかった。
かわいい唇にキスをするとやわらかい頬が擦り寄って、増幅する愛しさに任せてその身体を引き寄せる。
「俺も、ナマエが好き」
ーー飾らない時間を一緒に過ごせる相手が君でよかった。