準夜勤。それは今日に限って、いや、なにかとイベントがある日には、なかなか厄介でなかなか虚しい勤務時間なのだ。
その勤務時間もようやく終わりに近づいて、早く帰りたいという気持ちに支配されていた。
「あ、カイジくん、それ持って帰んなよ、似合ってるし」
夕勤のバイトの女に半ば強制的に被らされたサンタの帽子の存在は、夜勤に入った店長に指摘されて思い出した。
クリスマスイブの日の夕方から夜中にかけて、繁華街にあるこのコンビニに訪れる客は独り身かカップルばかりだった。異様に売れ行きの良い定価販売のコンドームには苛立つ気にもならない。
店長と入れ違いでタイムカードを押すと、張り切って入荷したもののまるで売れていかずに廃棄になったショートケーキのセットを持たされて帰路についた。
サンタの帽子がはみ出したそのコンビニ袋だけ、俺にはどうにも似合わないほどクリスマスオーラを放っている。
寒い。はあ。どうしよーもねえな。
クリスマスイブだってクリスマスだって、これと言って予定はない。予定はないというか、この俺がこの店でイベント時に率先して休みを取るということがありえない状況で、予定なんか入れる気にもならない。
ナマエはニートだし、俺はこんな状態だし、世間一般のカップルが楽しむクリスマスなんか夢のまた夢。
元彼が支払いを続けている(らしい)携帯くらいしか外界を知る事ができないような環境で、そもそもナマエはクリスマスだとかそういうの意識してんのかな。なんかしてやった方がいいのかな。
つったって夕方から深夜までのクリスマスのゴールデンタイムにバイト入っちゃったし、何をしてやればいいかなんて、俺の乏しい恋愛経験では何一つ思い浮かばない。
それに俺も疲れてんだよな。ナマエの生活費稼ぐのにバイトだって増やしたし、息抜きのギャンブルもあまり行かなくなったし。まあせいぜい気兼ねなくベッドで眠れるようになったくらい。
「ただいま」
節電なんか考える気もないナマエがあらゆる電気をつけっぱなしにした部屋に帰ると、さすが節電してないだけあって温かい空気が全身を包む。
のれんの向こうから「おかえりー」と気のない返事がして、いつも通りの様子にホッとした。
キッチンの照明、キッチンのミニヒーター、ユニットバスの照明を端からオフにしていき、適当に上着と靴下を脱いで部屋着に着替え、こたつの側にコンビニ袋を放り出して、やっとその先に潜り込む。寝そべるナマエの隣に転がると、おもむろにキスをされてちょっと勃った。
「カイジ、おかえり」
「あ、うん、ただいま」
「テーブルの上、見た?」
「見てない」
「えっ、じゃあ私に直行したの?」
「えっ」
そう来る?
と思ったものの、確かに(いろんな電源を切る以外は)脇目も振らずにナマエに一直線だったのは事実だった。俺もそれなりに人肌恋しいだなんて思ってるみたいでなんか嫌だな。
「まあ、直行はしたけど」
「カイジ大好き、もっとこっち来て」
ナマエに腕を引かれて今度は唇をペロペロ舐められた。相変わらずスキンシップが激しいナマエだったけど、時々あるこういうやりすぎな所は犬かなんかみたいで、勃つとか勃たないとか以前に普通にかわいいなんて思うようになってしまった。これは病気だ。
「でもね、テーブルの上、見てほしいな」
「なんだよ」
このままイチャイチャして過ごすのも悪くないな―と思っていた所をせっつかれ、仕方なく起き上がってこたつの上を見る。
「おま、これ」
さっきは気づかなかったけど、よく見ればチキンとサラダとピザと、ちょっとしたパーティーメニュー的なものが並んでいた。ほとんどどっかのスーパーかコンビニで買ってきたパックのままだけど、サラダだけはうちにある一番でかい皿に載せられている。
「サラダ作ったの?」
「作った! たくさん食べたかったからまだ冷蔵庫にあるんだよ。すごい? 偉い?」
「うん、驚いたし、なんか」
初めてじゃないか?
ナマエから俺に何かくれたのって。残念ながら形に残る物ではないけど、それでもなんか。
「ハハ、マジかよ、嬉しい」
帰宅したら彼女の手料理(と呼べるかどうかはわからないけど)ができてるって、こんな気持ちなのか。
キャパをオーバーした分が全部表情に出てしまった。そんな自覚があるほどには、破顔しているのがわかる。真っ直ぐに突き刺さる視線の正体は彼女しかいないが、それなら余計恥ずかしくて直視できない。
誤魔化すように目の前のサラダを見つめていると、横っ腹にドスンと衝撃が走ってナマエに押し倒される。
「やめろよ、飯食おう。ビールあったかな」
「その前にちょっとしようよ♡」
「あとでな」
俺の喜びを上回るナマエの性欲が、今は有り難い。迫りくるキスを押し返しているうちに、変な空気も吹っ飛んだ。
ふいにガサリとビニールの擦れる音がして、さっき放り出したケーキの存在を思い出す。
「そ、そうだ、ナマエちょっと」
「セックスは?」
「あ、あとで……」
完全に拒否できない自分が悔しいやらかわいらしいやら……
ビニール袋を手繰り寄せてケーキのパッケージをこたつの上に置く。取り残されたサンタの帽子は超どうでもよかったが、俺の胸元でゴロゴロしているナマエの頭に被せてみると、これがまた意外とよく似合っていて思わず笑ってしまった。
「メリークリスマス」
「……カイジ」
「えっ、ちょ、なに」
ちょっとはクリスマスっぽい挨拶でも、なんて思って言ってみたら、ナマエは俺の名前を呼ぶやいなや、わああと大げさに泣き始めたのだ。
いや、マジでなに。
どうにもできなくて慌てて抱きしめた。
「どうしたんだよ、急に。オレなんかした?」
「した!!!」
「えっ、な、何」
「カイジは生きてるだけで罪だよ…… はやくセックスしよ……」
「それ泣きながら言うことかよ」
心配して損した!!
泣きまくっているのは心配だけど、それ以外はまったくいつも通りの調子でオレに足を絡めて腰を擦り付けながら好き好き言っている。
マジでそれやめてくんないかな。早くナマエの作ったサラダ食べたいのに。乾杯して、クリスマスっぽい食事して、それからキスしてセックスだろ、普通はさ。いや、知らないけど。
……くそ。
「一回したらちゃんと飯食う?」
「食う」
「オレが一回出すまでって約束する?」
「する」
「……飯食ったあと、口でもしてくれる?」
「する!」
若干欲が出て要望を加えてみると、ナマエは最上級の笑顔をこちらに向けて首筋に擦り寄って来た。いい匂い。
結局いつも通りのいつもの流れになったけど、これはこれでオレららしいと言えばオレららしいクリスマスになったのかも。思わぬ所でかわいいサンタも見れたことだし。
「プレゼントとか用意できなくてごめん」
「やだな、ここにあるじゃん♡」
驚くほど鮮やかに脱いで脱がされた衣服はおざなりに、熱い塊は熱い沼に沈んでいった。