誠さんのお見舞いに来た波原さん

連絡を受けて慌ててお宅に駆けつけてみると、普段締切直前とあらば寝室に籠城して話にならない都築先生がソファに寝ていた。毛布でぐるぐる巻きになった都築先生は身動きも取れないような状態で横たわり、額には熱冷ましのジェルシートが貼られている。

「ほ、本当だったんですね……」
「俺がいつ嘘をついた」
「は……?」
「嘘をついたことはない」
「よくそんな事が言えますね!?」
「うるさい」

都合が悪くなったらしくぷいっと顔をそむけて大きなため息をついて押し黙る。頬から耳まで火照った様子で、見る限り相当体調が悪いようだ。
『体調を崩して一歩も動けない』とメッセージが入った時は肝が冷えた。だって明日なのに。本来の締切は。しかし都築先生の言うことだし、どこをどう誇張表現して連絡してきているのかわからない。もしいつもの悪い癖なら逃げる前に捕まえねば。そう思っていたが、どうやら杞憂に終わったようだ。これでは確かに動けまい。

「その様子だとお見舞いのお菓子は食べられそうもないですね」
「いや、大丈夫だ」
「一歩も動けないって言いませんでしたっけ?」
「なら何故買ってきた、意地の悪いやつだな」
「嘘かと思って」

一応「病人を見舞う」という体だから食べやすい物を…… と思い、先生のご機嫌取り用スイーツショップリストの中からチョイスしたのは最近話題の洋菓子店のカラフルなゼリーだった。
赤からオレンジ、青から緑、ピンクから紫、そんなグラデーションの美しいゼリーにマシュマロが浮かぶスイーツは、きっと彼女にも気に入ってもらえるだろう。

「すみませんねえ、本当なんです」
「なんだ君までその言い草は、ッゴホ! ンンッ!」

キッチンからお茶を持って現れた彼女はカップとソーサーをテーブルに置き、配慮しているのかこちらに背を向けて咳き込む先生に手を添えて優しく撫でた。
荒々しい咳を繰り返していた先生は彼女の手に甘えるように背を預け、いつしか穏やかな呼吸を取り戻してまた僕を見る。バッチリ目が合うとじっとりと嫌なものでも見るような視線を送られ、ああ疑って悪かったよ、と心の中で悪態をついた。

「誠さんがいつも嘘つくから」
「嘘はついてない」
「屁理屈ですよねえ」
「波原貴様、ゴホッゴホッ!」

何を言い返そうとしたのか、わざわざ起き上がってまで文句を言おうとした所でまた咳き込む。本当に酷い病状のようで心配になってきた。いや、心配してなかったわけじゃないけど。普段があまりにもあれなものだから、今までは心配よりも疑心暗鬼だったというか。
ナマエさんはゆっくりと先生の上半身を起こしてローテーブルに置いてあったペットボトルを手渡す。甲斐甲斐しく世話を焼く姿はまるで妻のようだけど、まだ予定はないらしいというのが僕の見立てだ。

「波原さん座る所なくてすみません」
「えっ、いやいいんですよ、寝かせてあげてください」
「でもせっかくですし、誠さんもお菓子食べたいだろうし」

ね。と促されるがままにソファに腰掛けると、隣に座った先生から熱を感じる。ああ、なんだか申し訳なかったな。ここにきてようやく病人の家に来た実感が湧き、お茶を頂いたらすぐに帰ろうと思った。
ナマエさんは僕が持ってきた洋菓子店の包みからゼリーを取り出し、並べるごとに歓声を上げながら「見て!」と先生に見せている。

「わあ、すごいね、きれい」

熱に浮かされた先生の瞳はただでさえ潤んでいたけれど、果たしてそれはすべて熱のせいだろうか?
ナマエさんの言葉に「そうだな」と相槌を打つ先生はゼリーなんかひとつも見ていなくて、テーブルに並んだゼリーを見つめるナマエさんのほころぶ笑顔に釘付けだった。僕を睨んでた時とは大違い。本当に素直な人だなこの人は。
先生の可愛らしい素顔を見るたびに憎めなくなっていく。大人なんだから体調管理くらいしてくださいよ、なんて嫌味でも言っておこうと思ったのに、そんな気も更々なくなってしまった。

「僕、やっぱりそろそろ帰ります」
「ええ、一緒に食べていけばいいのに」
「早く寝かせてあげてください」

今後のことはメールしておきます、と一言告げてソファを立つと、これまた随分嬉しそうな顔をした先生が「そうか、土産ありがとう、またな」とぶっきらぼうに告げた。

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