人を和ませるようなほんわかした雰囲気をまとう彼女が
外務省の秘書見習いとかなんとかで、ミサキちゃんにも直属のカワイイ後輩ができたって所かね。俺としては仕事の手が増えるのは大歓迎だし、それがかわいこちゃんなら尚更文句のつけようがない。
「いいですか、しつこいようですが何か困りごとの際は私に報告を」
「はい、わかりました! 大丈夫です!」
「……あの」
「はい!」
そろそろいろんなことに慣れて疲れも出始める時期だろうに、ナマエちゃんは随分とハツラツと返事をした。その様子を見たミサキちゃんはため息をついて、言葉を濁す。
わかるわかる、言いたいことは。
それだけやる気満々だと空回りしないかとか、期待値高すぎて失望したりしないかとか、知らないうちにストレス溜め込んでないかとか、いろいろ心配しちゃうよね~。今のミサキちゃんを見ていると、後輩を指導していた頃を思い出すなー。
ナマエちゃんはただでさえ女の子だし、カワイイし、ミサキちゃんの心労を思うとつい共感してしまう。
「あまり、無理をしないように」
「私は大丈夫です!」
「いえ、私はあなたが心配なので」
……っは~~~~~~。甘酸っぱい。おじさんの目に毒だよそれはさー。
なんて思いつつ、この甘酸っぱいやり取りを見るのが楽しくて仕方がなかった。こんなこと気にしながら仕事してるなんて言ったらミサキちゃんに怒られそうだな。
「すみません、私がまだまだ未熟者であるばかりに。少しでも貴史さんのサポートがしたくて頑張っているんですけど上手くいきません」
「いえ、ナマエさんは十分よくやっています。私が心配なのはあなたが身体を壊したりしないかと言うことで」
「ちょっとまって」
「どうかしましたか、渡部さん」
どうかしましたか、じゃないよ。
俺がマトリと一週間フランス行ってる間になにがどうしてそんな親しげに下の名前で呼び合う関係になってるわけ?
「いやごめん、ちょっと心の声が」
「何か考え事でもしていたんですか?」
「ん、いや、俺の記憶が正しければナマエちゃんってミサキちゃんのこと“美佐紀さん”って呼んでなかったっけ?」
あまりにも気になりすぎて、ストレートに質問をぶつけてしまった。
今は休憩中だし、このくらいの質問をするのは許してほしい。ハイスペ多忙おじさんの唯一の楽しみなのだから、ミサキちゃんもそんなくら甘く見てくれてもいいはずだ。
「ええ、何度も言いますけど、私は苗字で呼ばれるのは苦手ですから」
「そーゆー問題?」
「ナマエさんが言ったんですよ、不満があるなら言ってくれと」
その時のミサキちゃんを想像すると、ピュアとは程遠い世界で生きる俺の心臓はキュンと締め付けられる。いつもの真顔で言ったんだろうか。そんでナマエちゃんはいつもの感じで「は、はい、わかりました!」とか言ったんだろうか。なにこのかわいい子たち。
それにしても不満として業務とはまったく無関係なプライベートなことを挙げてしまうなんて、随分とナマエちゃんを信頼しているんだろう。
「で、ナマエちゃんはなんで“ナマエさん”て呼ばれてるの?」
「だ、だって先輩を名前呼びするなんてやっぱり抵抗ありますよ! だったらせめて私も名前で呼んでもらわないとおかしいじゃないですか」
だとすると「は、はい、わかりました!」じゃなくて「そ、そんな困ります!」か。それはそれでかわいいじゃない。
「私だけ、貴史さんと呼ぶなんて……」
「だからナマエさんって呼んでるんだから良いでしょう、ねえ渡部さん。それとも風紀的に問題でしょうか」
「え、うん、いや、問題ないです」
ミサキちゃんはおすまし顔で俺に問いかけるが、そんな甘ったるい質問になんて答えるのが正解なのかわからずつい素直に認めてしまった。
「強引に呼ばせてしまっている感じもありますけど、その…… 嬉しいです」
「名前を呼ぶだけで? そんなくらいで喜ばれるなら何度でも呼びますが」
「えっ、は、恥ずかしい」
「わがままですね」
「ごめんなさい! じゃあ…… 1回だけ」
「ええ、いいですよ。ナマエさん」
「ヴッ……」
え、なにこれ、これって今後この先ずっと聞いてなきゃダメなの?
なんか嬉しそうな顔してるミサキちゃんと、その隣で胸を押さえて苦しそうに微笑むという複雑な行為を取るナマエちゃんを交互に見て、わりと本気で「マジでやってんのか」と思ってしまった。
さすがに胸焼けしちゃうでしょ~~~。もういっそ早く付き合ってくれないかなぁ。ミサキちゃんのことだから、それなら「公私混同はいけませんよ」とか言い出しそうだし。
「あのさあ、今度の休みの日、二人でどっか行けば」
「えっ!?」
「渡部さん、公私混同はよろしくないかと」
「だから混同しないでパブリックでもプライベートでもお話すればいいじゃない。ほら、ミサキちゃんが苗字で呼ばれたくないとかさあ、いろいろ知ってほしいこととか知りたいこととかあるでしょ」
どう考えても鈍いであろうミサキちゃんをおだてておだててなんとかその気にさせてみる。ナマエちゃんは困ったふりをしているけれど、嬉しさが隠しきれないのか下唇を噛むようにしてチラチラと俺に視線を送っていた。
わかったわかった、おじさん頑張るから。
「プライベートで得た情報を仕事に活かすのは悪い事ばっかりじゃないし。ナマエちゃんがどんなことで疲れちゃうとか、どんなことが得意とか、先輩としては把握しておきたいんじゃないの~?」
「……それは、確かにそうですが」
「業務中にそういう話するのは苦手でしょ? だったらプライベートでやるしかないじゃん。ね!」
「まあ、そうですね。しかしナマエさんはそれでいいんですか」
「ナマエちゃんだってその方が良いって思ってるよ、ねえ?」
「はい!!」
今日一番元気な返事をしたナマエちゃんがミサキちゃんに微笑みかけると、ミサキちゃんは少しびっくりしたように目を見開く。そして恥ずかしそうに目を背け、手帳を取り出してスケジュールの話し合いを始めた。
はいはい、来週の土曜日ね。あとで聞いちゃお。
はー、それにしても今日は暖かい日だな。そういえばコートの出番もだいぶ減ってきた気がする。
窓の外は穏やかな良い天気で、世間にも執務室にも、いよいよ春の訪れを感じた。