なるっちは不覚にもときめいた

失敗したかしら……
探偵事務所を設立してから雇ったアシスタントは、実に優秀だった。だけど今アタシが抱えるモヤモヤの原因はその優秀なアシスタントに他ならない。

「……ですよね」
「大声出すな」
「……で、……なら、……ですか?」
「おい、やめろ、わかった、屋上に来い」

ナマエったらさっきから青山を独占してコソコソと何やってんのよ!!
アタシが関さんに捕まってるからって何も青山にちょっかい掛けることないじゃない、抜け駆けだなんていい度胸してるわ。連れてこなきゃよかった!!
釘を刺すようにじっとり睨みつけると、ヘラヘラと笑いかけてくる能天気なナマエに毒気を抜かれそうになる。違うのよ、離れなさい。なんで伝わらないのよ、も~~~!! こんな所で鈍感なんだから!!

「聞いてるのか、成瀬」
「はい」
「いや聞いてませんよ、樹さんのことばっかり見てるし」

うるさいわね、放っておいてちょうだいよ、それどころじゃないんだってば……!
アタシが関さんの話を聞いているうちに、青山とナマエは二人して屋上に消えていった。
せっかく青山に会えると思って顔出してみれば、まさかナマエに辛酸舐めさせられることになるとはね。
本来の目的(仕事)も見失って青山のことばかり考えていたら、さすがに関さんの雷が落ちた。でもそんなの気にしてたら恋なんかできないわよ。ポジティブポジティブ!
しばらくして屋上から戻ってきた青山はなんだかげっそりしていて、反対にナマエは嬉しそうで、一体何があったのかと邪推してしまう。
はぁ、アタシもまだまだね。こんな時ばかりはどうしてもポジティブなんて言えないわ。
ナマエは悪い子ではないし、アシスタントとしては本当に優秀でアタシを支えてくれる。きっと悪気だってなかったし他意もなかったはず。それにアタシの了見ではナマエは青山に苦手意識を持っていたはずよ。それが何故急にあんな笑顔で?
いくらアタシだって他人のテリトリーで直情的になるわけにもいかず、そのモヤモヤを抱えたまま帰路についた。

「ちょっとアンタ、さっき青山と何話してたのよ」
「言えません」
「上司命令よ、言いなさい!」
「パワハラですよ」
「小賢しい!」

そのまま口を噤んだナマエは、結局その頑なな姿勢を崩すことはなかった。
その日を堺にナマエはやけに機嫌がよく、今まで以上に仕事に励んでくれるようになった。ますますあの日何があったのか気になるじゃない……
日に日に機嫌をよくするナマエの姿を見ていると、この謎を暴かないわけにはいかないでしょう?

「所長、休憩にしましょう。今日のおやつです」
「あら~、懐かしい!」

マトリ時代に青山とよく打ち合わせに使っていたカフェでアタシが頼んでいた定番の紅茶シフォン。生活圏が変わって以来行くことはなかったけれど、まさかこんな所でお目にかかれるとは。

「ありがとう、最高のスイーツだわ」

素直にお礼を伝えると、ナマエはものすごく嬉しそうに「よかった」と笑った。彼女の笑顔にはどうも不思議な効果があるらしく、例の謎のことなんかすっ飛んでアタシまでつられて笑ってしまう。
……そういえば、最近は休憩のたびにこんな風に笑って過ごしているような気がする。何故かしら。少し思案してその答えはすぐにわかった。ナマエがやたらとアタシに縁のあるスイーツやドリンクを出してくるのだ。

「はっ……!!」
「どうしましたか」
「わかったわ、青山ね!?」
「なんのことでしょう」
「とぼけないでちょうだい、この間マトリに行った時のことよ。青山に聞いたんでしょう」
「……ちょっと脅しただけです」
「脅した!?」

なにしてんの!?
いくらアタシが夢見がちだからって、青山が今までの素敵なスイーツを自発的に教えて差し向けたとは考えられない。そうなればナマエが聞き出したと考えるのが自然だけれど、それにしたって「脅した」って何よ!?

「ちょっと“あおぴょん”て呼んでみたらチョロいもんですよ」
「そこはアタシですら踏み込んでない聖域なのよ!?」
「そう言われると思ったから黙ってたんです」
「二度とそこには触れないであげてちょうだい」
「わかりました」

ここ数年で一番焦ったわじゃない。びっくりしたわ。このアタシを焦らせるなんて、ほんと侮れない子ね、ナマエったら……

「でも、そのおかげで所長の好きなものたくさん知れました!」

なに脳天気なこと言ってんのよ、まったく。そう言って少し叱ってやろうと思った。
思ったのに、アタシを見て微笑むナマエの顔があまりにも愛しくて何も言葉にならなかった。なによその顔。なんでそんな顔でアタシを見るの。
まるで恋でもしてるみたいな、そんな顔、ずるいじゃない。

「ちゃ、ちゃんと後で謝りなさい」
「まあ仕方ないですね、力を借りてしまった分のお礼くらいはしておきます」
「偉そうに」
「所長のことに関しては青山さんは最大のライバルなので」
「……それって」
「あ、お湯沸いたのでコーヒー淹れてきます」

“どういう意味なのよ”
アタシの質問は宙に浮いたまま、誰にも届かずに消えた。
弾むように揺れるナマエの髪とさっきの笑顔が頭から離れなくて、思わず熱くなった両頬を押さえる。
アタシ今どんな顔してる?

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