after day. おやすみなさい

『所長』ではなく『成瀬さん』は、私が思っていたよりもずっと男性的で、それなりにそういう欲求もある人なのだということは、恋人になって初めて知った。

「やだ、帰れると思ってたの?」

週末の夜、ブリティッシュパブでお酒を飲んだ。ほろ酔いで良い気分になった私の腰に腕を回した所長、じゃなくて成瀬さんは、有無を言わさずここに連れてきて私をベッドに放り投げたのだ。
薄暗がりの中で見上げた天井にはダウンライトがキラキラしていて、星のように見えなくもない。モデルルームかと思うような洗練されたインテリア。ただ、青山さんにキャーキャー言ってる成瀬さんからは想像できないほど男らしいデザインのものが多いことには驚いたけれど。

「綺麗ですね、お部屋」
「当たり前でしょ、アンタが来るんだから」

そんな、まるで今日私が来るのが当然だったみたいに。……当然だったのかな。当然だったのかも。腰に手を当てられた時、私はその手を振り払おうだなんてこれっぽっちも思わなかったのだから。
柔らかいベッドに背を沈められ、それを縫い止めるように成瀬さんの綺麗な手が私の腕を押さえつけた。
もともと二人きりで行動することが多かったせいか、デートなんて日常の延長…… と思っていたのだけど、夜になったら話は別だった。思いっきり男を前面に出してきた成瀬さんは「わかってるでしょ」と不敵な笑みを浮かべて、それはどう考えても「今からやります」という宣言でしかなかった。
そして今に至るわけである。

「ん、ふ……」

ふわふわの布団に沈んで成瀬さんのキスを受け止めていると、あまりにも現実味がなく夢の中にいるようだった。
所長を夢に見ていた期間が長すぎたのかも知れない。

「どこ見てんの? こっち見なさい」

顎を掴まれて半ば無理矢理視線を合わせられる。呼吸すら感じるほど近くて、成瀬さんの吐息や温度を感じるごとに少しずつ現実に引き戻されていくような気がした。美人だなあ。成瀬さんの鼻先と私の鼻が触れる。そしてもう一度、唇も重なったのだ。
腰から脇腹をなで上げていく手付きはどこか焦りも見え隠れして、余裕ありそうに見えたってそうでもないらしい。それでも確実に私の服を剥がした上に自分の服も脱ぎ去るのだからたちが悪い。
初めて見た成瀬さんの身体は引き締まっていて細身の男性らしい筋肉の凹凸があった。鎖骨に長い髪が落ちている。

「せめて電気を」
「……少しね」

なんて言いながらきちんと照明を落としてくれるところとか、ベッドサイドの灯りだけ残しておくところとか、そういうとこ、ずるいと思う。
薄明かりに照らされた成瀬さんは急に知らない人になってしまったみたいで、心臓が急速に高鳴る。

「緊張してるの?」
「だって、本当にいいんですか。今更だけど、めちゃくちゃ公私混同だし、こんなことしたら私」

成瀬さんとの未来のことばかり考えてしまう。
いくら仕事上のパートナーという建前があったって、きっと私達に別れのようなものが訪れた時、まったく同じように過ごすことは難しいんじゃないかと思う。
あんなに「今のままでいい」なんて思っていたのが嘘のように私は成瀬さんを求めてしまっていたし、この手から彼が離れていくのが怖い。いざ失った時を思うと、すでに今が怖い。

「なんて顔してんの、馬鹿な子」

私のモヤモヤを打ち消すように落とされたキスはとても甘く、成瀬さんのやわらかい舌が私の舌を翻弄した。あまりの心地よさにただでさえどうにかなりそうなのに、細くて長くてそれでいて男らしい指が私の髪を梳くものだから、不覚にも泣きそうだ。
必死で堪えているつもりだけどもう限界が近いことはわかっている。

「ちゃんと考えてるから安心しなさい。この先はこんなとこで言わせないで。それとも、そっちが先がいい?」

額と額をくっつけて視線をまっすぐ合わせたままそう問いかける成瀬さんはいたずらっぽく笑ったあと、大丈夫、と言って私を抱きしめた。

「アンタが思ってるよりずっと、アンタのこと好きよ」

なんで今そんなこと言うの。いや、私が悪いんだけど。でも今そんなこと言われたら堪えられていたものも堪えられなくなってしまうじゃないか。限界を超えた涙が瞼の縁から滲む。成瀬さんはすぐに察して自分の頬で私の目元を拭った。茶化すでもなくキスをして、男の顔をしたのだ。

「ナマエ」

もう一度唇が重なると、少しずつ下降するように何度もキスが降って首筋と鎖骨の下を軽く吸われる。容赦なく性感帯を刺激する舌に翻弄されて変な声が出てしまう。成瀬さんは私の様子に構うことなく指も舌も動かし続けた。
いざこうなってみたら不安が大きくてあんなことになったけれど、私だってまったく期待してなかったわけじゃない。家の中で一番マシな下着を着てきてよかった。多少なり色気のあるショーツなら、それ一枚になっても格好がつく。
成瀬さんの鼻先がそこに触れたとて、この下着ならまだ自信が。自信はないけど。

「少しでも感じてくれて嬉しいわ」

「え?」

意味がわからずにそちらを覗くとショーツの上から思いっきり唇を押し付ける瞬間を見てしまった。ショーツを押し付けられてぬるりとした感覚が広がり、やっと自分が大層濡れていたことに気づく。
ショーツ越しに吸うなんてどうかしてる。ていうかこんなことされたことない。成瀬さんがこんなこと、するなんて思わなかったし。とかなんとか考えれば考えるほどドツボにはまって奥の方が熱くなった。
そして一番敏感な所に歯が押し当てられ、何度か往復するだけで軽く達してしまった。

「っはあ、成瀬さん」
「大丈夫よ。アンタが不安なうちは最後までしないから」
「えっ」

そんなの意地悪だ。

「挿れてください、最後までしたいのに」

私ばっかり大きく足を開いて成瀬さんを迎え入れて、馬鹿みたいだと思う。足を開いたらもう私は成瀬さんのものじゃなきゃおかしい。だってこんなに準備できてるんだから、ここでおしまいなんてありえないと思う。
ふとももにキスをして終わろうとした成瀬さんを下品にも足で掴まえて引き止めた。一応ちらっと成瀬さんの“成瀬さん”を確認したら、無反応じゃなくて安心した。

「は? さっき泣いてたくせに」
「もう全部どうでもよくなりました」
「切り替え早すぎるわよ、なんなの」
「エッチしたいです」
「アンタその直球の性格もうちょっとなんとかしたら!?」

軽い口論になると成瀬さんは呆れたため息をついたけれど、すぐに私に向き直って首筋をひと噛みした。

「そこまで言うなら覚悟しなさい」

お互いの下着越しにぴったりと寄り添う所がとても熱くて、今すぐ溶けて一緒になりたいと思った。
そこで思い出したのは、ブリティッシュパブを出てきたのがまだ21時だったってことと、成瀬さんに「明日の予定はありません」と言ってあることだった。

私を見た成瀬さんは楽しそうに笑っていた。

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