秀さんがこたつを出した

秀さんの家にお届け物をしたらあれよあれよという間に鍋をつつくことになっていた。おおよそ一人暮らしとは思えない立派なこたつが出ていたせいだ。まあ、立派なのはこたつに限った話ではないのだけど。

「一人暮らしでこのサイズ感の家具揃えるの、素直にすごいですね。結婚するんですか?」

正直な疑問をぶつけると、芝さんは曖昧に笑う。どうせいつもみたいに否定も肯定もせずに誤魔化すのだろうと思っていたら、意外にもきちんと返事があった。

「まさか。みんなすぐウチ使いたがるからねー。大人の男が五人も寄るならそれなりのサイズないときついでしょ」
「ほんと仲良しですよね」

話を聞いていると休みが合う度に遊んでいるかのように思うけれど、本当の所はよく知らない。
私はチームを組む仕事はしていないから捜一のそういう所は羨ましく感じたり、少し面倒くさそうだななんて思ったり、このひとたちに恋人という存在ができることはあるのだろうかなんて余計なお世話を焼いてみたりしている。
普段はほとんど見ることのないバラエティ番組を流しつつこたつに並んで足を突っ込み、未だうんともすんとも言わない鍋を二人で眺めた。

「今年何回目ですか? 鍋」
「今が初めてだけど、みんなで来週しようかって話してたとこ」
「ああ、それで。今日はリハーサル的な?」
「違うよ、本当に今日はナマエちゃんとご飯食べたいな~って思ってたから」
「そうなんですか」

口では納得してみたものの、一人暮らしの男性の冷蔵庫に二人前の鍋の材料とその場で出汁を作れるほどの調味料が揃っていた事に関してはやはり「すごいな」という気持ちが勝っていた。うちなんかビールとベビーチーズしか入ってないのに。

「あ、もしかして嫌だった?」

芝さんは少しおどけたふうに私の顔を覗き込む。表情と言葉がちぐはぐなのはいつものことだ。
多分この人は今私が「はい」と言ってもその評定を崩さずにヘラヘラと笑うんだろう。何か隠す時はいつもそう。私はその顔を見るのが嫌で、退庁した時からずっとピザの気分だった、という事実を伏せて「まさか」と言った。

「よかった」

目を細めて笑う今の顔なら何度でも見たいけど。私がその表情をさせられるのなら、尚更。
……やだな。変な気持ちになってきてしまった。当然のようにグラスにはビールが注がれて、ふたつのグラスの間にはおつまみのキムチが置いてある。あまり飲みすぎないようにしなきゃ。
でなければ、私のゆるゆるな口が何を言い出すかわかったものではない。
私の返答を確認した芝さんはもうこちらを見ることなくまっすぐテレビを見つめていた。「視聴者のみなさんには先に問題をお見せします。この漢字は何?」と表示された漢字には見覚えがある。あれ、あの漢字なんて読むんだっけ。喉まで出かけている気がするけど、あと一歩出てこない。なんだっけ。

「俺だってさすがに家に入れる人くらい選ぶよー」
「ええ、はい」
「そんな軽く返事してさ、ナマエちゃんのそういうとこほんと心配なんだけど」
「はい、まあ」

さすがに「ちょっと黙っててください」とは言えず、私は漢字の読み方を考えていた。
大丈夫大丈夫、私だって入る家くらい選んでるし。芝さんが心配する必要ないんですよ。大体芝さんが心配したところで私だっていい歳した大人なんだから、やる時はやるしどうにかなっちゃう時はなっちゃうものだし、何か起きた所でなんとかしながら生きていくしかないんだから。
ああ、気が散って漢字の読み方が全然思い出せない。

「意味わかってるの?」

右手でトントンとカーペットを叩いてリズムを取りながら考えていると、その動きを制止するように芝さんの左手が重なってぎゅっと握った。少し冷たい大きな手のひらが火照った身体に心地よくて、ピンとひらめきが走る。
あの漢字は、

「“スキ(鋤)”だ」
「えっ」
「え?」

気がつけば私は妙に切なげな瞳をした芝さんと見つめ合い、そのあとすぐに倒れ込むようにして抱きしめられた。なんだかよくわからないうちになるようになっている。

「先に言うのはずるいでしょ」

何も考えられないまま、棚ぼた的に訪れたチャンスを逃すまいと逞しい背に腕を回して改めて今度はちゃんと「“好き”です」と言った。
テレビで騒ぐ芸能人の声に混じって、ようやくぐつぐつと鍋が煮える音がしてきた。

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