「ねえ、俺のこと嫌いになっちゃったの」
「なんでそんなこと」
だってナマエさんがよそよそしいから。最近は目も合わせてくれないし。
外で訊いても答えてくれる気がしなかったから、ナマエさんを呼び出してちょっと無理矢理部屋につれてきた。お茶を出して、扉側に座って、逃げられないようにして。改めてナマエさんの目を見てそう問いかけると、あからさまに動揺した様子でやっぱり俺と目を合わせてくれなかった。
学校まで迎えにきてくれたり、大学に行った時は一緒に学食でお茶したり、そういうのだってもう随分していない。手をつないで歩くのが好きだったのに。最後にナマエさんに触ったのっていつだっけ?
思い返すと寂しくなって、ついナマエさんの手に触れた。小さくて細くてあったかくて、少し懐かしい。
「ナマエさん、俺のこと見てくれないから」
「そんなことないよ」
「じゃあ俺の目見て名前呼んで」
「……し、志音、くん」
それは目を見てるって言えるの?
ナマエさんは目を泳がせたままチラチラと瞬間的に俺を見つつ、ぶつ切りに俺の名前を呼んだ。
握った手の中でナマエさんの手がぎゅうっと縮こまって、少しずつ俺の手から逃れようとしているのがわかる。俺の名前を呼んだあと、どんどんうつむくナマエさんの表情はとうとう見えなくなった。
なにそれ、かなしいよ。
「俺、さみしい」
「えっ」
「前みたいに一緒に歩いたりしたいし、手つないだり。ナマエさんに名前呼んでもらいたい」
半ば無理矢理ナマエさんの手を広げるように指の隙間に俺の指を滑り込ませる。指を絡めて握りしめると、か細い指が俺の手を握った。
「ごめんね」
絞り出すような声でそう言うから心配になって表情を覗き込むと、ナマエさんは耳まで赤くして泣きそうな顔をしていた。
今までの言動とその表情から推定できる「気持ち」がどうにもわからなくてむずむずする。
「あの、えっと、私は、志音くんより歳上だから」
「うん?」
「しっかりしなきゃって思って」
歳上なんて言ったって、たかだか数年の差だ。俺だってナマエさんにたくさん頼ってもらいたいし、辛いことがあれば支えたいって思う。
そこに年齢は関係ない。俺の方が背だって大きいし、力も強いし。そういう意味ではきっとナマエさんの力になれる。
でも今のナマエさんは随分思いつめた様子で、年齢のことがすごく引っかかっているみたい。
「その」
「……あのね、俺はナマエさんの考えてることが知りたいよ」
「うん」
前髪で隠れてよくわからない顔が小さく頷いて、ようやくしっかり目が合った。キラキラした瞳には涙がたっぷり滲んでいるのがわかった。こころなしか顔色も赤らんで、耳の方までピンク色をしている。なんだかそれがすごく綺麗で、思わず目を奪われる。
覚悟を決めたみたいにまぶたが閉じられ、涙がこぼれた。
「志音くん見てるとえっちな気持ちになっちゃうの、ごめんなさい」
「…………え?」
予想外の言葉。どんな顔をしていいのかわからず、思わずただきょとんとしてナマエさんを見つめる。
ナマエさんはごめんなさいごめんなさいとひたすら謝罪の言葉を続けていて、俺が何も言わないからか結構本格的に泣き出してしまった。
「でも、ほんと、私が悪いから。大事にしたいのに。ごめんなさい、志音くんに寂しい思いさせて」
手だけで繋がっているのがもどかしくて、そのまま引き寄せて抱きしめた。汚れちゃう、って遠慮しているナマエさんを閉じ込めるように腕を回す。
背中をさすってなだめていると、そのうちナマエさんはおとなしくなった。
「大丈夫だよ、俺もナマエさんのこと見てるとえっちな気持ちになっちゃう」
「え!?」
ナマエさんを困らせると思って言わなかったこと。さっきは驚いて素直な反応ができなかったけど、同じこと考えてるって知れてうれしかった。
きっと今までの俺の行動って、その気持ちが全部漏れてたと思う。それが原因でナマエさんにそう感じさせたのかも知れない。つまり、俺のせい。
俺が付き合ってって言った時も、ナマエさんはなかなか首を縦に振ってくれなかった。気持ちの問題じゃないって。ナマエさんは「高校卒業するまで待って」って言ってたのを押し切ってキスしたのは俺だ。
歳下なんか男として見れないかな? ただ断りきれなくて俺をそばに置いているだけなのかも。なんて思ったことがなかったわけじゃない。
だけど、そんなふうに思っていてくれたんだね。
「それに、俺もナマエさんのこと大事だから。おそろいだね」
「おそろい」
「……俺も、がまんするね。それは卒業するまで待つ」
「うん」
少し体を離してナマエさんの表情を見たら、今度は泣き顔じゃなくて少し嬉しそうだった。困らせちゃってたな、って少しだけ心がちくんと痛んで、すぐにあったかい気持ちになった。
やっぱ俺のことちゃんと意識してくれてたんだなって、それだけでうれしいんだ。
「今はこれだけ許して、ね?」
ナマエさん、だいすきだよ。
まだその先に進むことが許されないなら、今できる最大限を君と一緒に。