※結婚してます、夢主出番なし
「すみません、渡部さんこれで最後です」
「これで、って量じゃないっしょ」
「手分けしましょう」
「はい……」
ミサキちゃんに渡された資料の山を見て思わず愚痴っぽい発言をしてしまった。時計を見やれば、もう今日中に帰宅することは不可能だということを示している。毎日毎日午前様で、ナマエちゃんとはもう何日もろくなコミュニケーションを取っていない。
「ごめんちょっとLIMEだけ打たせて」
「どうぞ」
一言断ってからスマホを操作すると、既にナマエちゃんからメッセージが届いていた。ほんの5分前に届いたばかり。
『お疲れさまです、明日は朝から病院なので先に寝ます。おやすみなさい』
業務連絡に近いような内容だけど、ナマエちゃんからメッセージが届いているだけでニヤけそうになる。
「今日も残業です、ごめんね」と1文字ずつタップしていると『新着メッセージがあります』という表示とともに画像を受信した。
「っはーー」
「どうかしましたか」
「奥さんが可愛すぎて死ぬ」
「奇病ですね」
既に仕事に取り掛かっていたミサキちゃんは俺の顔を見て呆れたようにじっとりと見つめた後、病院を勧めてきた。いやいや、誰だってナマエちゃんと結婚したらこうなっちゃうから。誰にも渡さないけど。
LIMEに送られてきた新しいパジャマを着用した写真を保存してメッセージを送信する。……既読にならない。もう寝たかも知れないな。
少しずつ大きくなってきたお腹を隠すマタニティ用のパジャマはナマエちゃんによく似合っていた。
「三ヶ月後には落ち着くといいんだけど」
「なかなか難しい要望かと」
「そうだよねえ」
わかってはいたけれど。やっぱり忙しいってのは時々とても厄介だ。
せめて自分の奥さんの出産間際くらい側にいてあげたいと思うのが男ってもんでしょう。だけど今の俺の生活はそれを許さない。
まあ一家を支える大黒柱として仕事に打ち込むってスタイルもあるけど、ていうか実際の俺はそうならざるを得ない部分の方が大きいけど、それでも俺が一番大事なのはナマエちゃんだし。
「……立ち会いたいんだよね、本当はさ」
「なんとも言えませんが、私ができることはなんでもやります」
「ミサキちゃん…… ありがと。女の子ならミサキ、男の子ならタカシにするね」
「勘弁してください」
まだ見ぬ我が子はいつもナマエちゃんのお腹の中で丸くなって眠っているらしい。羨ましい。俺だってナマエちゃんの中で眠ってみたい。
……は、若干気持ち悪い妄想をしてしまった。そうじゃなくて、そんなこんなでエコーから性別がわからない。
「女の子だったら絶対かわいいよね」
「そうですね、男の子でもきっと素敵なお子さんだと思いますよ」
「わかるー、俺に似たイケメン」
「はは」
乾いた笑いを飛ばすミサキちゃんは、なんだかんだで俺のこういう話を全部聞いてくれる。馬鹿にしたり叱責したりせず、ひとつの雑談として受け止めてくれることが本当にありがたい。
この無駄に思えるような会話のすべては、仕事をセーブすることも転職を視野に入れることもできない今の俺の憂さ晴らしになっているのは確実だった。
「ナマエちゃんにはいろいろ苦労かけちゃうけど、俺は俺のできることやらないとねー」
「そうですね、まずはこれを」
「はい……」
既に三つも書類のチェックを終えたミサキちゃんが確認のサインを求めてきた。相変わらず仕事が早くて優秀で頼れる相棒っぷりを発揮している。
ナマエちゃんも大事だし、我が子も大事だし、ミサキちゃんも大事だな。
「ごめん、もう一回LIMEしていい?」
「どうぞ」
もう一度ナマエちゃんとのLIME画面を表示すると、やはり既読にはなっていない。追撃するように『愛してるよ』と今言える最大のメッセージを送って、ようやく残りの仕事に手を付けた。
「はー、お父さん頑張る」
「ええ、応援しています」