めちゃくちゃ泣いたら、めちゃくちゃスッキリした。
もしかしたら私が溜めていたのは性欲じゃなくて涙だったのかも知れない。
「あー! なんで俺の取るんだよ!」
「早いモン勝ちなんだよ、バーカ」
「バカって言うなクソ河童! 」
「んだとコラ!」
「もうやめてくださいよ、迷惑ですよ、恥ずかしい」
相変わらず西への旅は続いているわけだけど、毎日こうして騒がしい日常を過ごしていると、恋する乙女が彼を思って泣く場所が無いのだ。よく考えれば大泣きしてスッキリ! っていうのが今までの私だったのだから、相当無理していたんだと思う。
旅が始まってからの不調もそれが原因に違いない。今までは悟浄と八戒の目を盗むだけでいくらでも泣けたんだから。
あれ以来、宿が空いていれば一人部屋を取る機会が増えた。多分みんな溜まってたんだろうな。いろいろと。
「悟空、私のあげるよ」
「マジかよー、サンキュ!!」
みんなが変わったことと言えばそれくらいで、他は特別に何かが変わるということはなかった。悟浄とは相変わらず友達以上ナントカ未満的な関係だし、三蔵は意外と大人しく何もしてこない。
変わったのは私が勝手に抱いた悟浄への気持ちを勝手に諦めたことだけだ。
ああ、でも今日みたいに円卓に座ると、私の隣に三蔵がいることは増えたかもしれない。いつもは悟浄のことばかり気にして反対側まで気にしたことがなかったけど。
三蔵を間に挟んで右側にいる悟空に皿を渡そうとすると、横からひょいと手が伸びてその皿を受け取った。
骨ばった男らしい様相のそれは、それに似合わぬ高尚な装いの三蔵のものであり、まさかそんな、三蔵が自ら人の手伝いをしようだなんて。
少しカサついた皮膚が触れて、私が皿から手を離すと同時に離れていった。
「やっぱうめぇ! ここの肉料理、最っ高ー!」
「ちょっと悟空、ナマエの分も残しておいてくださいね」
あまりにも自然に手出しした三蔵の様子に誰も気づかない。というか、料理の皿が私の前から悟空の前に移ったということには誰も興味が無い。
チラリと三蔵を盗み見ると、三蔵はさも自然にいつも通り食事を続けていた。
「俺の食うか?」
「あっ、ずっりー! 俺にはくれないくせに!!」
「お前がこいつの分取るからだろーが」
なんか、本当に、初めて、意識してみたら見えてくる物が違うことってあるんだ。と、実感した。
今までは「誰か居るな」くらいぼんやりとした存在だった三蔵が、今はこんなにくっきりしている。
いつも後ろから見ていた金色の髪はやっぱり綺麗だけど、それだけじゃない。よく見たらうなじの所だけ癖毛で少しウェーブしているし、束にならないところは向こう側が透ける。
前に悟浄や八戒が「女みたいな顔」って言ってたから漠然と「全体的に女みたい」って勝手に思い込んでいた。本物は全然そんなこと無かった。
意外にごつごつした手は多分悟浄よりも男らしい。腕の筋張った輪郭は、薄手とはいえアームカバー越しでもはっきりわかる。まつ毛なんか私より長いけど、顔全体の印象はやっぱり男の人だった。
「人聞き悪いことゆーなよ! 元はと言えば悟浄が」
「うるせーぞ!」
スパン! スパン!
悟浄と悟空が殴られたハリセンの音で我に返る。
あれ、私、今すごく三蔵のこと考えてなかったか。
「いってえなぁ、俺はうるさくしてねぇのによー」
「ほんと恥ずかしいので皆さん静かに食べてください」
「フン、さっさと食え」
ハリセンをしまいながら腰を下ろす三蔵の法衣が少し触れ、よせばいいのに顔を見てしまった。
なんだか随分と久しぶりに目が合った彼は、私を鼻で笑い、少しだけ微笑んだ。
ような気がした。