DEAR.三蔵 07|諸行無常

あの熱視線に自覚がない馬鹿に自覚させる術があるというのなら、教えてくれと乞うのもやぶさかではない。
誦経を終えると寺の僧侶に囲まれた。いつものことながら面倒くさい。あいつは輪から離れた所で目元を拭う。これもまた、いつもの光景である。

ただ最近少し変わったのは、涙を流すだけだったナマエが頬を赤らめ妙に困った顔をするようになったことだ。どう考えてもお前は俺に欲情しているだろう。それも登壇中の俺に。

「お疲れさま」
「ああ、帰るぞ」
「はい」

ほぼこいつのためにやっている誦経も今となっては恒例になり、最初の頃は付き添っていた八戒はちゃっかり宿や食事の約束を取り付けるだけ取り付けてさっさと姿を消すようになった。
今までいろんな村や町に停泊したが、寺への行き帰りだけはこいつと俺の二人きりの時間だった。

「お前、いい加減慣れないのか」
「何に?」
「毎度毎度よくも易々と涙が出るな」
「えっ」

気付かれてないとでも思っていたのだろうか。
あれだけ毎回泣かれて気付かないわけがないのに。そもそも充血した瞳を潤ませて鼻声でいるのだから、察してくれと言わんばかりだが。

「あ、ごめん、三蔵がすごく良いから」
「その言い方やめろ」
「なんで」
「なんでも」

ナマエには「待つ」と言ったものの、あいつらの目がないとどうにも手が出そうになってしまう。今だってそうだ。せめて腰くらい抱かせろとすら思っている。戒めるように法衣の袖に左右の手を隠して組んだ。そうでもしないとうっかり引き寄せてしまいそうになるのだ。
その辺を上手く察して距離を取ってくれればいいものを、こいつは土足のまま踏み荒らすようなことを頻繁にやらかす。そういう奴だから惚れたんだろうと言われればその通りなのが皮肉でいやらしい。

「今日の三蔵も良かった」
「お前……」
「私すごく、す」
「……す?」

いきなり言葉を止めるから聞き返してみるが返事はなく、ふと表情を伺うとあからさまに口を押さえて頬を紅潮させていた。今更なにを照れているんだか、馬鹿馬鹿しい。
こちとらそれどころではないのを何度耐えてきたと思っているのだろうか。

「す、なんだ」
「いや、言わない方がいいかと思って」
「言えよ」
「……えっと、あの。三蔵の声が好き、だから、無意識に泣いちゃうみたい」

好きとか言わない方がいいんだよね?と、これまた馬鹿らしい質問をする。
本当にわかっているのなら是非ともそうして欲しいものだ。今にも解けてしまいそうな両手に力を込めて自分の腕を強く掴む。

「おい、雑貨屋だ」
「は? え、ああ、はい」
「早くしろ」
「うん、」

女は女で俺らと違う買い出しが必要らしい。
寺への帰りがけにナマエだけの買い出しを手伝うのも恒例行事になり、見かけた雑貨屋で足を止めて昂る気分を誤魔化した。
今更どんな煽られ方をしようが我慢できると思っていたが、好きと言ってしまって以来どうにも上手くいかない。

そもそもあいつのスイッチがおかしいのが悪い。
自分に好意があるとわかっている異性と一緒の時は何かと控えたり距離を取るものだろうに、あいつの場合は第三者がいる時の方がよそよそしく、二人きりになった途端に思わせぶりな事をしたり惜しげも無く発情したような表情を見せる。
そういうのは普通、もう一歩二歩進んだ関係になってからだろう。
クソ。
俺が振り回してやるつもりで先手を打ったにも関わらず、結局あいつの無神経な言動に振り回されているのが忌々しい。

「ごめん、お待たせ」
「貸せ」
「あっ、ありがとう……」

何がそんなに必要なんだかさっぱりわからんが、いつものようにそれなりに買い込んだ紙袋をナマエから受け取って抱えて歩く。
何事もなかったかのように笑うナマエが隣に居た。
このままでは駄目だ。
無自覚でいることを許すようではこいつの二の舞になる。
早急に手を打たねば。そうさせたのは他ならぬこいつ自身のせいだと、いい加減覚悟してもらう時がきたようだ。

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