「ごめんね、お待たせ」
「早く乗れ、さっさと行くぞ」
「ヘイヘイ」
ジープに戻ってきたナマエの肩を、悟浄が抱いていた。それはいつもどおりの自然な光景で、悟浄が先に乗り込むとナマエの手を引いてこれで全員ジープに乗り込んだ。
俺の隣に悟浄が乗って、悟浄の隣の荷台にナマエが乗る。
当たり前のようなこの光景が、なぜかすごく窮屈で苦しい感じがした。いつもならなんとも思わないのに。
俺だってもう子供じゃないんだし、こんな風にモヤモヤする症状が出る病気の名前はもう知っている。
問題は、これが誤診なのかそうでないのか。
そんなことを考え三日三晩、野宿も三日三晩、いい加減むさ苦しい雰囲気になってきたにも関わらず、今日も野宿が決定した。
「ナマエも見かけによらず三蔵並にサバイバルスキルありますよねぇ」
「だって私もサバイバルしてたもの、ちょっとだけど」
「野宿でこんなメシ食えんのはお前のおかげかもなー」
「おい、誰が獲った魚食ってると思ってんだ」
野宿4日目でギスギスしていた空気も、食事時だけは穏やかでいられる。悟浄の言う通り、こんな風に過ごせるのはナマエのお陰だと俺も思う。三蔵には悪いけど。
あのバニラアイスコーヒーを飲んだ日以来、ナマエの柔らかい笑顔を見ることはなかった。
もう一度見たい。
でも、俺に向けられてなきゃ意味が無い。
俺にまた同じ笑顔を。
「やっぱナマエのメシうんめー、最高!」
「悟空は素直に喜んでくれるから作り甲斐があるわ」
いや、いつもの笑顔もかわいいけど。
俺がへへへ、と笑うと、ナマエもふふふ、と笑う。
なんかそれだけですごい暖かい気持ちになるんだ。
「あ、そーだ、次の宿でお前のトリートメント貸してくんね? 最近石鹸で髪洗いすぎてギシギシなんだわ」
「いいよ」
ああ、まただ。
悟浄がナマエの髪に触れる。ふたりの距離が近づくと、俺の心臓がチクッとする。なんともない素振りのふたりに少しだけ苛立つ。
悟浄だけじゃない。
地味に連携取りながら肉を捌く三蔵とナマエにも、お互い穏やかな顔して談笑してる八戒とナマエにも、チクチクする。
ずっと見ていたらすごくイヤなヤツになりそうで、思わず目を背けた。
「おい、次の街まであとどれくらいだ」
「地図だと一山越えた先ですかねぇ…… 道を逸れれば200km位の所に山間の小さな村はありますが」
「ええー、遠すぎ! 村行こーぜ、村ぁ。なー三蔵良いだろ?」
「明日は確実に野宿を避けろ」
「やったー!」
「了解です」
ふたりを避けるように三蔵と八戒の会話に加わった。
野宿の時、どうしても座席がひとつ足りないということになって買ったたったひとつの寝袋争奪戦は、八戒が勝ち抜けた。
八戒はジープの傍らに寝袋を敷いて寝そべり、三蔵が運転席に座る。そして俺が助手席で、後部座席はやっぱり当たり前のようにナマエと悟浄だった。
ふたりは本当に仲が良い。ジープで隣同士に寝る日はいつも寄り添ったり膝にもたれたりしている。今日もそうなのかな。見たくないな。
イヤな気持ちになりながら俯いていたら、いつの間にか眠っていて、肌寒さに目が覚めた。
三蔵も八戒も寝ている。昨日の事なんかすっかり忘れて振り返ってみると、座席に思いっきり横になって眠る悟浄がいて、そこにナマエの姿が無い。慌ててジープを飛び出して辺りを見回す。
そういえば昨夜ナマエが少し先にある小川に行きたいと言っていた事を思い出した。
「ナマエ……?」
控えめに名前を呼びながら小川に向かうと、水が跳ねる音がしてその存在を知らせてくれる。木々を抜けた先には川の中を歩くナマエの姿があり、思わず息を飲んだ。
ショートパンツから伸びた白い足が水面を蹴って飛沫をあげる。
もうダメだと思った。
かわいいと思う気持ちが止めらない。
「悟空、居たなら声かけてよ」
「あ、えへへ、なんか楽しそうだったから」
「そうなの、早く起きたから朝食に魚でもと思ったんだけど、途中から楽しくなっちゃって」
俺に向かって伸びた手は引き上げて欲しいと言うようでもあり、こちらに来いと誘うようでもあり、どうしていいかわからないのにその手を取った。
「一緒に遊ぼ」
「待って、靴脱ぐ!」
これはもはや気付かずに居ろという方が無理な話で、俺はもう、明確に君に恋をしている。