DEAR.悟空 05|是故空中

頬を染めて俯いて、眉間に皺を寄せながら、そんなセリフをこいつから聞く羽目になるなんて、誰が想像しようものだろうか。

「……」
「なんか言ってくれよ、三蔵」
「なんか」
「そうじゃなくて」

悟空は照れ隠しするように怒っている。その様子から、つい数分前に聞いたセリフが本気であることが伺えた。

“俺さ、ナマエのこと好きみたい”

久々の宿で体を休めていると、急に改まって話がしたいなどと言うものだから何かと思えばこれだ。この様子じゃ俺があいつをどう見ているかなんて知りもしないのだろう。
お前には渡さない、最終的には俺が娶る。そう宣言して奪い取れるのなら、易々とそうしている。
こいつがこんなにも真剣でないのなら、一蹴して終わりだったものを。

「まあ好きにしろ」
「反対しない?」
「したからってどうなるものでもねぇだろ」
「じゃあ応援は?」

眉尻を下げて情けない顔をして、女が好きだと言う。悟空がこんなことを言う日がこんなに早いとは思わなかった。
ついほんの数分前までどちらかと言えばショックを受けていたのに、男の顔をしている悟空を見てそんなものが一瞬で吹き飛ぶのがわかった。

「……まあ好きにしろ、上手くいくといいな」
「っはああああ、スッキリしたー!」

悟空の頭を撫でてやるとへらへらと笑いだし、いつもの猿らしくなってきた。
聞いてもいないにのにナマエが可愛いということを力説し始め、多少同意はあれども鬱陶しく感じ始めた頃、また情けない顔をして俯く。
たかが他人に振り回されてこんな風に目まぐるしく表情を変える生き物を俺は他にも知っている。
こいつらは案外似たもの同士なのかも知れない。

「……ナマエも俺の事好きになってくれるかな」
「さあ」
「あー、俺我慢できるかなぁ……」
「いきなり襲いかかるのだけはやめろ」
「なっ、バカ、そんなことするわけないだろ!」

真っ赤になりながら否定する悟空はきちんと言葉の意味を理解しているようだ。
寺院育ちのこいつにまともな恋愛ができるのかとも思ったが、どうやらそれは杞憂に終わりそうだ。いつどこでそんな知識を得たのか知らんが。

「ちげーよ! 好きって言ったら困らせちゃうかも知れないじゃんって話!」
「……今まで結構言ってたろうが」
「今までのは人として好きなの! これからはおっ、女の子としても好きなの! あーもう変なこと言わすなよぉ」
「喧嘩? ご飯行こうよ」
「うわっ、びっくりした、なっ、あ」

突然現れたナマエに挙動不審になる悟空を見て、即、悟空がなぜ隠そうなどという実現不可能な選択をしようと思ったのか甚だ疑問に思う。
後から行く事を告げてナマエを追い返し、意気消沈する悟空に向かってため息をついた。

「隠し事しても仕方ねぇだろ」
「でも……」
「モヤモヤしたまま我慢すんのか」
「イヤだ」
「それが答えだろ」

何を偉そうに。自分だってそれなりにモヤモヤしていたくせによく言えるな。そう自嘲しつつも、悟空には「言え」と言い切った。

「今のお前かなり挙動不審だぞ」
「えっ、マジかよ、あー、ふたりきりなら自然にできるんだけどな」
「普通逆だろ」
「みんなの前だと人目が気になんじゃん。隠さなきゃ、って思うし。でもなぁ……」

それからまた俯いて考え事をしていた悟空は、突然立ち上がるかと思いきや大声で「よし、言うわ!」と叫んで自らの顔を引っぱたいて部屋を出ていった。
まさか今から言うつもりじゃないだろうな……
そのつもりはなかったが煽りすぎただろうかと心配しつつも、どこか微笑ましさすら覚える自分がいた。

ああ、珍しく酒でも飲みたい気分だ。
失恋したとは思わない。というかナマエに対するそれが恋だったかわからない。多分風邪みたいなものだろう。そう思うことにした。
そんなことよりも悟空がこんなことを言い出した事の方が感慨深く、頬の緩みを堪えきれる気がしない。
いつまでもここに居るわけにもいかないというのに口元の綻びは留まることを知らず、今まで知らなかった感情をひとつ知った。

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