悟浄のせいでというべきか、悟浄のおかげでというべきか、僕はあの日以上に明確に彼女への愛情を自覚してしまった。
愛情と呼ぶのは少々誤魔化しすぎている。愛情よりももっとドロドロぐつぐつと腹の底から煮えたぎる欲。
「あー、スッキリした」
宿代わりに借りた空き家の庭で、ナマエが洗濯物を干している。日差しの中で輝く紅い髪が眩しくて、そこに彼女がいる事実を殊更はっきり描いていた。
「手伝ってくれてありがとう」
「……いいえ」
やだな、そんな可愛い顔で笑うなんて。
今、この空き家には僕とナマエの二人きりしか居ないというのに。それも彼らはあと数時間も帰ってこないというのに。何故そんなに無防備な顔で笑えるのか。
「休憩しましょう」と声をかけると、いつものように「うん」と言って僕についてくる。僕が湯を沸かせばカップとコーヒーを取り出して準備をする。
……僕の隙間を埋めるような彼女のすべてが愛しい。
二杯のコーヒーをローテーブルに置いて傍らのソファに座ると、ナマエはどこに座るか迷ったように立ち尽くした。
あれから僕たちはあの話をしていない。
「ナマエ、こっちに来て」
手を差し伸べれば少し照れながら僕の手を取って素直に隣に腰掛けてくれた。二人掛けにしてはやや小さめなソファは、僕とナマエの体を近づける。
「ねえナマエ」
「っなに?」
声をかけただけでびくりと肩を震わせるナマエの姿を見て、息が止まりそうになった。彼女をこんなにも脅かすような行為になってしまっているのだ。僕が声をかける、たったそれだけの事が。
「僕と、」
この先の話をするのが怖い。初めてそんな風に思った。恐怖心を前にして言い淀む。
「……僕と」
続きを話そう。そう意を決して口を開いた時、想像もしていなかった事態が起き、身体も思考もまるでついていけなくなった。
目を見開いた僕の前には、伏せた瞳を縁取る長いまつげ。小さくて柔らかな唇が僕のそれを塞ぎ、思わず呼吸をするのすら忘れてしまいそうになる。
これは。どういう。ようやく思考が働き出したと思う頃、その一歩先に身体が動きだす。
「んっ、ん」
「は、ナマエ、」
「ん」
煮詰まってしまった欲は綺麗な形で散る事など無く、肉を押し破るように発露した。
僕とナマエの境界にある彼女の腕を取ってソファに押し付け、身を乗り出して乗りかかる。唇を重ね合わせているうちに図らずも押し倒す形になる。
いい加減苦しくなった頃、やっと少しだけ離れてお互いの表情が確認できた。眉を歪めて零れ落ちそうなくらいに涙を溜め、はあはあと呼吸を繰り返すナマエはいつになく扇情的だった。
「ナマエ、どうして」
「キス…… してみたら、わかるかと思ったのに、こんな……」
小さなソファに縮こまって「激しい」などと言うのは、もはや狙ってやっているとしか思えない。
理性を維持するのがやっとで、マグマのように湧き上がる欲を抑えるのに深呼吸した。
「キスしてわかりましたか?」
「……もう少し」
彼女から伸ばされた腕が背に絡み、皮一枚、糸一本、そんな所でギリギリ保たれた理性の上で噛み付くように唇を求めた。薄く開いた唇の奥にある小さな白い歯と柔らかな舌を余すこと無く味わいたい。
本当はもっと、もう少し、紳士的に迫る予定だったのだけれど。これじゃ格好つかないな。
肌に張り付いたタンクトップの裾のレースを手繰りそうになって思いとどまる。さすがにそこまでしたら本当に戻れなくなってしまう。
この欲望をなんとか抑えなければ。唇が離れた瞬間に大きく呼吸をし、そこからは極めて優しく努めた。触れ合わせるだけのキス。何度も啄んでいるとナマエの表情が綻んで次第に笑みに変わる。
無意識にナマエの頭に手を伸ばし撫でていた。
「僕はあなたが好きです」
「……私も、あなたが好きです」
わざと僕の口調を真似るナマエがおかしくて、愛しくて、強く抱きしめる。背に回った彼女の腕が心地よい束縛をくれた。
とてつもない多幸感に襲われ肩の力が抜ける。
「はあ」
「言うの遅くなってごめんね」
「お詫びのキスをして下さい」
「……」
あわよくばのつもりでそう言うと、少し考えたナマエは照れたようににこりと笑ってから僕の頬にキスをした。
「……ナマエ」
「なに」
「このままセックスしたら怒りますか?」
「なっ、だ、だめ!」
誰か帰ってきたらどうするの、昼間だし、あと下着可愛くないし、お風呂入りたいし……
いつまで続くのだろうかというくらい言い訳を並べ立て、僕の腕の間で焦っているナマエに愛情を感じずにはいられない。
「可愛くない下着、あとで見せてくださいね」
「は!? 嫌だけど!!」
「一応聞きますけど可愛い下着持ってるんですか?」
「無い」
「じゃあ見せてくださいね」
「嫌だ!!」
わりと本気で拒否しているナマエには初めから拒否権などない。
ナマエの乱れた姿など悟浄、ましてや三蔵や悟空などに見せたくもないから今日は我慢するけれど。僕がいつまでも我慢していられるわけがないことくらい、ナマエだってわかっているだろう。
「近々覚悟しておいて」
「!」