久々の野宿は意外と悪くない。暑くも寒くない今の時期は特に。つっても1日で終わる場合に限るが。
手伝いという名目で、焚き火や荷物番の輪から外れて水辺に向かう八戒を追った。
「よう色男、お盛んだねぇ」
「なんですか藪から棒に」
食器やら調理器具やらを抱えた八戒の尻を軽く叩くと、少し驚いてからすぐにその言葉の意味を理解したようにため息をついて前を向いた。
「……率直にどう思います?」
お前が質問しちゃうのかよ。ナマエも意味不明な打ち明け方をしてきたと思ったが、こいつもこいつで相変わらずどこかズレてるというかなんというか。
今度は俺がため息をつく。
「好きなんじゃねーの?」
「……出会ったばかりの頃の事、覚えていますか」
数年前、八戒がうちに来た頃のことを思い出す。
ややこしい事情持ちばかりよくもまあこんなに集まるもんだなと感心したのが一番記憶に残ってはいるが、八戒の質問が何を指しているのかわからない。
「何?」
「悟浄は本当にナマエへの恋愛感情は無いんでしょうか」
「……ああ、俺との浮気を心配してんの? 無い無い、安心しろ、マジで」
少しオーバーに否定しても、八戒は訝しがるばかりで納得していない様子だった。
川べりにしゃがんで皿を洗う八戒の手から洗いあがったそれを受け取り、水滴を拭き取ってカゴに入れていく。
「僕とナマエがセックスしてもいいんですか」
っと危ねー。
突然アホみたいなことを言い出すから皿を取り落としそうになる。慌てて持ち直してすぐにカゴに入れた。
「そりゃ付き合ってんならやる事やんだろ」
「やりますよ、本当に。毎日しますよ」
「……ちったぁ遠慮しろよ、お前絶倫ぽいけどよ」
「やっぱり悟浄もナマエのこと好きなんじゃないんですか」
呆れながら対応していると、業を煮やしたらしい八戒は俺を睨むようにしてそう聞いた。聞いたというか問い詰めたというか、語気を強めてそう吐いた。
そこでようやく八戒の言わんとする事がわかり、改めてため息をつく。回りくどいことばかり言うくせに頑固だし妄想力たくましいしで人の話なんざ聞きゃしないこいつにイラッとした。
「何、俺がナマエの事愛してるとでも言えば満足か?」
「それは知ってます、そんなこと言ったらあなた僕の事だって愛してるでしょ。恋してませんか、と聞いているんです」
堂々と気持ち悪い事を言い出すからこっちも言葉に詰まる。
普通に苛立っている俺をいなす発想と勢いを見て、やっぱこいつとは一生喧嘩したくねーわ、と思い直した。変に誤魔化しても仕方ないな、全部正直に話してやろうか。
……つーか、こういうとこ、そっくりだなコイツとアイツ。
「ああ、わかったわかった、言やー良いんだろ。セックスしろって言われりゃできるぜ、フツーに」
「やっぱり」
「でもそれがお前の言う恋だなんだ言われたらわかんねーよ」
「……」
「別に気持ちなんかなくたって勃つもんは勃つだろーが。お前だって一緒に住んでる時に1回2回はアイツで勃ったことくらいあるだろ」
なんでこんなこと言わなきゃいけないんだと思いながらも半ギレ気味にそう言った。無反応すぎるほど無反応に皿を洗い続ける八戒に、言葉を続ける。
「だけど勃つもん勃ったからヤろーぜなんて言えねえだろーが。そんでナマエが俺に恋したって俺は責任取れない。つーか、男とか女とか関係ない所にそんなもん持ち込みたくねえんだよ。俺たちは家族じゃねーか」
すんなりとそんな言葉が出てきた事に自分で自分に驚いた。ずっとずっと密やかに妄想していた事を、誰かに言うなんて思いもしなかった。
口をついた言葉はもう二度と戻ることはなく、八戒はそれを聞いて軽く目を見開いて俺を見る。
そんな顔で見るな、恥ずかしい、やめろ。そう言いたいけど、それはそれで余計恥ずかしい気がして堂々たる態度を貫く方を選択した。
「………………疑って、すみませんでした」
たっぷりと長い沈黙の後、こちらを向いて頭を垂れた八戒がそう言った。
そんな姿を見てこいつの過去を思い出し、悪い事を言ってしまったかも知れないと思い直す。過去や生き方を否定したいわけじゃなかったが、結果的にそういう言い方になった。
「いや、俺も言い過ぎた、悪い」
「いえ、僕がしつこく聞いてしまったから」
「マジそれ。ほんとしつけーわ」
そう言って笑い飛ばすと、八戒も眉尻を下げて申し訳なさそうに笑う。
さっきまでの謎に緊迫した空気は一変し、いつもの調子に戻ってきた。
「一応もう一回聞くけどマジでナマエのこと好きなの?」
「多分」
「だあああ、なんなんだよお前らは。多分好きとか好きになる予定とか。好きなのかそうじゃねーのかハッキリしろよ。せめてお前はハッキリしろ、男だろーが」
モヤモヤモヤモヤし続けるこいつらが意味不明すぎてこっちまでモヤモヤする。
洗い上がった皿をすべてカゴに戻してじっとりと八戒を睨みつけていると、自信なさそうにぽつりぽつりと語りだした。
「ナマエには好きですなんて言ってしまったんですけど、本音で言えばよくわからないんですよね」
「はぁ? お前なぁ、あいつ悩んでたぞ」
「まあいろいろ事情がありまして、突然彼女の事を女性として意識しだしてしまったというのが正しくて」
「ほーん? そんで?」
「悟浄もご存知の通り、僕、一生恋なんかできないだろうと思って生きてきたんですけど、ナマエを見ていると胸が詰まるんですよ。悲しい顔をしていたら僕も悲しいし、笑顔はかわいいし、あの子半裸で歩くじゃないですか」
目に毒ですよね。って知らんがな。
どう聞いていてもノロケにしか聞こえないし、完全に恋するそれだと思うけど、これで自覚が無いってのもすげーなと思いながら話を聞く。
「やっぱりこれって恋だと思うんですけど、違いますかね?」
「あ、何、答え合わせ的なことしてないからわからないって話なの」
「ええ、僕、正直花喃にも恋してたかどうかよくわからなくて」
「いやいやいや同棲までしといてよく言うぜ?」
大体俺にもそんなものわかんねーっつーの。相談する相手間違ってるぜ。
そこで三蔵と悟空の顔が浮かび、どっちも相談相手としては不適当すぎて身震いした。いい歳こいた男が揃いも揃って色っぽい話ひとつできないってのも酷い話だ。
「でも確かに愛してたんです。それはそれとして、ナマエのことももちろん愛してます。だけどそれを言ったらあなたのことも」
「おいやめろ、気持ち悪い言い方すんな」
「は? ちょっと誤解しないでくださいよ気持ち悪い、抱きませんよあなたなんか」
「俺が突っ込まれる方かよふざけんなよ、つーかお前が言い出したんだろ!!」
粟立つ二の腕をさすりながらツッコミを入れると、心底見下したような軽蔑したような眼差しを向けられている事に気づき、なんで俺がこんな思いをしているのだと更にモヤモヤが募る。
こんな話さっさと終わらせなければ。会話をさかのぼりつつ八戒の「これって恋だと思うんですけど」という台詞を思い出す。
「お前が言う愛してるとかってのは今更の話じゃないんだろ? それなのに今更ナマエに欲情するようになったってんなら恋じゃねーの?」
そう言って立ち上がると、八戒はぼんやりした焦点の合わない瞳でこちらを見上げて、小さく「なるほど」と呟いた。
「そろそろ戻ろうぜ、お前の大事なナマエチャンが心配だろ」
「そうです、帰りましょう」
ナマエの名前を出した途端に意識を取り戻したらしい。シャキッと立ち上がった八戒は、残りの調理器具を持つと俺よりも先に歩き出す。
……一体なんだったんだ。
キツネに化かされたようなあっけなさを抱え、死ぬほど似た者同士がくっついたなとか、キスでもセックスでもさっさとかまして幸せになればいいのにとか、そんな事を考えながら俺はその後を追った。